文明の源流日記


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2002年5月31日(金)[01:05:31]  
加藤課長の情報でモリアオガエルの卵を観察にいく。白沢のスケート場の木に二個、スケート場の中に一個と泡状になった卵を発見。加藤課長の話だと、スケート場に水が溜まっていないので、オタマジャクシがひからびて死んでしまうので、他の場所に卵を移動させるとのことだが、その場ではなかなか育っていないとのこと。木の下に水の入ったバケツを置き観察を続けることにする。

2002年5月30日(木)[01:04:49]  
アツモリソウの花が咲いているとの加藤課長の情報で出かけてみたが今年はすでに時期を過ぎていて写真を撮ることが出来なかった。廣瀬観光協会会長のお父さんの葬儀に出席する。

2002年5月29日(水)[11:26:23]  
小菅村の山野草の実態調査のため、オマキ平らに出かけた。都薬用植物園の吉沢さんと小島さん、所長と井村研究員の四人で出かけた。少し歩いただけで、いろいろな花や植物がでてきた。吉沢さんと小島さんからいろいろ教えていただきながら進む。
 ニシキウツギ、ヤマジノホトトギス、チゴユリ、ヒヨドリバナ、コウヤボウキ、バイカツツジ、ハンショウヅル、マムシグサ、タマアジサイ、マンサク、サンカクヅル、モミジイチゴ、ウワミズサクラ、ムラサキシキブ、ツルリンドウ、ヒトリシズカ、フタリツズカ、オオバショウマ、アカショウマ、タチツボスミレ、エイザンスミレ、クマイチゴ、ホタルブクロ、オクモミジハグマ等々数え切れないほどの植物や花に出会えた。教育委員会の加藤課長の提案で、「小菅花百選」としてまとめていこうということになり、みんな張り切って調査することになった。

2002年5月28日(火)[11:06:45]  
 朝一番に奥多摩町から向原常美さんが源流研究所を訪問された。奥多摩町の原島観光課長と一緒に。向原さんは、日本画の画家でしかも宮崎県出身ということでお見えになった。日本各地を旅され、風景を中心に屏風に墨絵をお描きになっているとか。お酒も大好きだそうで日本各地の吟醸酒の大会の世話人もやっておられるなど、多方面で活躍されている。同郷ということで話が合い、昔からの友人という印象でこれから深いつきあいを続けることになった。
 続いて世田谷区の冨永環境対策室長と真野区長室長など5名が「源流体験教室」視察にお見えになった。午前11時から源流研究所で打ち合わせを行った。佐藤事務局長から小菅村の現況と源流研究所を設立した経緯を、中村所長から源流研究所の事業内容と源流絵図の紹介、及び源流体験教室の目的とこれまでの取り組みを経緯を説明した。
 昼食の後、源流体験コースに案内した。赤沢沢出会い下淵、たわむれ淵、釜淵、のぞき淵、瞳淵を回るコースを体験した一行は、「久しぶりに自然の良さを体験、感激の一言です。多くの人に是非体験してもらいたいものです。子ども達には、森の役割、水の役割等を是非、実体験を通して学んでほしいものです」「私は海の近くで育ったので、今日のような体験は初めてでした。このような体験が出来たことを感謝します。本当の自然の中で綺麗な水と空気に触れて元気が出てきました」「源流の水の冷たさ、森の中の涼しさ、水の綺麗さなど下流との違いを改めて認識しました」「子ども達には、水道水の水源であること、水源の確保は自然環境の保全が大切であること、山奥の四季の変化の美しさ、自分の安全は自分で守ることなどを体験から学んでほしい」等、様々な感想をお寄せいただいた。世田谷区でも環境教育として、源流体験教室を是非取り組みたいとのことであった。 

2002年5月26日(日)[00:30:40]  
源流シンポ参加者で、川上村が源流保全の目的で購入した自然林のひろがる源流視察に出かけた。この日に併せて、散策路の入り口に山の神が祀られ、その神事が厳粛に執り行われたので、みんなが参加した。いよいよ源流に向かう。源流館の今福さん、林田さんの案内で鳥の声に耳を傾け、花の姿に目を細めながら目的地に向かう。深い谷を抜けた向こうに、目的地の森があり、谷の合流点の平らなポイントにでる。一面苔むしてまるで森羅万象の世界だ。まだ名前のついていない森だそうだが悠久の風がながれていた。

2002年5月25日(土)[00:29:59]  
川上村で全国源流シンポジウムが開催された。はじめに、島根県の岡野さんが、基調報告を行い、会場を盛り上げた。続いて、山道さんをコーディネーターとして、多摩川源流、木津川、吉野川源流、江の川、大野川の源流自慢が繰り広げられた。多摩川源流に関しては、中村文明が多摩川の紹介と最初の一滴、妙見五段の滝との出会い、源流絵図の作成、川上村の本沢川の印象などを報告。大野川からは、幸野さんが大野川源流祭の話と大野川ネットワーキングの報告を、江の川の小田さんからは、中国地方一の江の川の特徴は、源流に向かって平地や高原が広がり、河口に向かってV字谷が130キロも延びている話や源流の話を、木津川の川上さんからは、市民と行政の協力による河川環境の改善、NPO団体の果たすべき役割などの報告がリアルになされ、荒川の吉田さんからは、荒れる川である荒川を見ていると、源流と流域が運命共同体であること、下流は上流にもっと関心を払うべきだとの指摘がなされた。
 報告の後、それぞれが現場でどんな活動をしているのか、どんなことを目指しているのか、どんなことをやりたいのかを出し合った。

2002年5月24日(金)[00:29:14]  
山道さんと大台ヶ原に向かう。川上村は、大台ヶ原の玄関口にあたる。近畿地方の人は大台ヶ原に行こうと思ったら、川上村を通過するわけだ。大台ヶ原は、吉野川、宮川、熊野川のそれぞれ源頭になっている。奈良、三重、和歌山との中間点にあたる。
 大台ヶ原の東コースを巡る。何と言っても圧巻は、大蛇窟だ。ここに立つと吉野、熊野の奥深さを実感できる。


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