文明の源流日記


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2003年1月24日(金)[20:34:21]  
 明日の運営委員会の準備を井村主任とやる。場案の仕上げに時間がかかり、印刷は、井村主任が殆ど一人でやってくれた。「森林再生プロジェクト」を宮林先生に見てもらう。大事なアドバイスを頂く。さすが教授は目の付け所が違う。訂正・加筆がつづいたため、この議案は別づりになった。今年度の活動報告、来年度の事業計画の両方とも、すっかり準備が整った。

2003年1月23日(木)[20:28:42]  
 午後4時から、東京・高田馬場で「高橋裕ゼミ」が開催されたので、出席する。この日のテーマは、昨年8月のヨーロッパの大洪水。視察に出向かれた高橋先生の話が、実に面白かった。終わってからの懇親会も楽しかった。鍔山先生の紹介で、桜美林大学の伊藤先生と親しくなった。

2003年1月22日(水)[20:25:11]  
 来年度事業の中心である「森林再生プロジェクト」の企画書の検討にはいる。現在の状況、問題点と課題、将来あるべき方向などを分かり易く描いていく。分かり易く書いたつもりでもついついくどくなったり、説明が長くなってしまう。色々な本を読んで森林を取り巻く環境の特徴をつかんでいく。専門的に森林問題を学習していきたい。これが今年の大きな課題だ。

2003年1月21日(火)[20:20:13]  
 朝から、源流研究所の運営委員会の議案づくりに没頭する。昨年の運営委員会では、一年間の活動報告はあったが、文書による総括はなされていなかった。どんな活動がなされて、どういう成瀬があり、どんな問題点があったのか、くみ取るべき教訓は何かなどしっかり活動を点検してこそ、未来があるのに、手を抜いていたらしい。今年はしっかり反省しょうと詳しい経過をまとめている。夜は、観光協会、商工会の新年会に招待されていたので、小菅に出向き出席する。

2003年1月20日(月)[20:14:38]  
 午後1時30分から、丹波山村で第2回源流協議会が開催された。三枝塩山市長、大舘奥多摩町長、守屋丹波山村長、廣瀬小菅村長、日原塩山助役、河村奥多摩助役、古家小菅助役、橋詰丹波山総務課長など4市町村の全ての役員が出席された。三枝市長の挨拶の後、来年度事業の柱である「源流プロジェクト21」の審議が行われ、この方向で行くことが決定された。奥多摩町長から、多摩川流域協議会と多摩川源流協議会との整合性と棲み分けをちゃんとするようにとの提案がなされ了承された。日原助役から、秩父多摩甲斐国立公園の構成市町村の連携に関する提案があり、了承された。いよいよ来年は源流協議会にとって大変重要な年になりそうだ。

2003年1月17日(金)[20:04:47]  
 1月20日の多摩川源流協議会の議案の作成に取りかかる。特に12月24日の協議会助役会のまとめを詳しくやり、その内容を「源流プロジェクト21」の企画書の中に反映させていく。出来上がった企画書を塩山市役所の企画財政の萩原課長補佐に見てもらう。一つ一つの事業は、立派な企画書があればあるほど、ことはスムーズに進む。練りに練って、これからの方向性と課題を明確にしていくことが、なにより肝心である。

2003年1月16日(木)[19:59:17]  
 昨日のNHKの反響は大きく、源流絵図の申し込みが来たり、電話での激励が相次いだり、びっくりしたのは、山梨県青少年育成県民会議から、3月20日の総会で講演して欲しいとの依頼まで飛び込んで来た。マスコミの影響の大きさをつくづく思い知らされる。特に昨年から今年にかけて、NHKからの取材申し込みが増え、4回も5回もつきあう羽目になってしまう。嬉しい限りである。
 気温がぐっと冷えてきたので、あちこちの沢が氷ってきている。崖から氷柱がぶら下がり、思わぬ景色に出会うことが多くなった。今朝、綾織沢の撮影をやる。午前9時30分頃、新聞記者のインタビューを受ける。「源流プロジェクト21」と「森林再生プロジェクト」の話をする。反応はよく、大きく取り上げてくれそうだ。


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