文明の源流日記


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2003年2月28日(金)[13:19:37]  
 日曜日の講演の準備に没頭する。多摩川流域ではない、北区の文化センターの教養講座。講演の時間は二時間。中村文明の自己紹介。多摩川源流紹介と多摩川源流との出会い、「多摩川源流絵図」に取り組んで、地名と由来を辿る旅、小菅村との出会い、小菅村の源流にこだわったむらづくり、源流研究所の設立の経過、源流研究所の活動紹介、源流体験教室、写真による源流の四季紹介。これを簡単に文章化している。二三日掛かってようやく完成する。当日は顔ぶれと会場の雰囲気を見てから話の展開を決めていきたい。

2003年2月27日(木)[15:50:10]  
 朝一番に銀行に出向き、長女の亜希ちゃんに仕送りをする。仕送りを開始して十年目を迎えているのに、亜希様は今大学一年生。一度大学院まで進み、医者になりたいと仰せになり、努力され無事昨年東大の医学部に入られたのだ。我が娘ながらすごいといつも感心する。やさしくて賢くて思いやりの亜希ちゃん。いい医者になってくれるでしょう。
 共同通信の吉永記者から問い合わせがきて、全国源流ネットワークの内容と第4回全国源流シンポジウムについて話をする。今年が世界水フォーラムの年でもあることから、水の源に関心を持ち取材をしているとか。来週の月曜日に資料を持ってあうことになった。
 小平市の水道局の方から「源流体験教室」に関する問い合わせがきた。源流体験教室の持ち方、宿泊場所、プログラムなど必要事項をお話しする。他の取り組みに関しては、特に、川崎や狛江の水辺の楽校の取り組みや三鷹、瑞穂、稲城などの教育委員会の親子の取り組み、稲城のジュニアリーダー養成の体験教室、世田谷区の瀬田小学校、昭島の成隣小学校、多摩市の諏訪小学校など学校の取り組みなどを紹介する。この「源流体験」の輪が徐々に広がりつつある。嬉しいことである。
 今度の日曜日の講演の準備もしなければならない。いろいろ重なるので大変大変。

2003年2月26日(水)[15:30:39]  
 国土交通省京浜工事事務所が、多摩川環境学習教材の開発に乗り出すという。その業務の委託を受けたレック研究所からどんな教材がほしいかの問い合わせがきた。佐藤さんと井村主任と所長の3人で協議する。この際せっかくだから、源流体験教室の際に役に立つものがほしいとの認識で一致。川の淵、瀬、トロ、本流と支流、右岸と左岸など川に関する情報、樹木、鳥・動物、蝶・昆虫、魚・水中生物、花、岩石・地質、山葵・林業など全般を網羅したものが必要。こうした考えを提案していきたい。
 島根空港で益田漁協の佐々木さんが見送りに来られ、ヤリイカやサザエ、アワビなどの海鮮類をおみやげに頂いたので夕食で食べた。感謝感謝。
 夜、石川さんが紹介した日原さんに会う。行政書士のなかなかの頭のきれる方で話が面白かった。

2003年2月24日(火)[15:17:46]  
 土日を活用して島根県の高津川に行って来た。22日の土曜日に高津が輪シンポジウムがあり、講師として呼ばれたことから、この機会に高津川の源流を観察したいと思い、前匹見、表匹見、裏匹見、本流の六日市町の一本杉、津和野町の河川争奪などなど多くを訪問することが出来た。地元のアンダンテ21の篠原さん、吉田さん、豊田さん、廣兼さん、渡辺さんなど素敵な仲間が暖かく迎えてくれたのがまず嬉しかった。
 高津川の一番の自慢は、ここには、日本一の鮎がいることだろう。清流が育てたアユのうまさは天下一品だという。高津川漁協の田中さん、益田漁協の佐々木さんが何故そんなに美味いのかの秘密を教えてくれた。ここの源流域の森は広葉樹がこ7割を占め、美味しい水が美味しいアユを育てているとか。9月の第4回全国源流シンポジウムの際は、美味しいアユを食べていただく計画になっているので、是非お出かけ下され。
 日曜日に、源流シンポに向けての実行委員会がもたれ、地元の匹見町、六日市町の課長さん方も参加していたただいた。全国源流ネットワークの事務局からは、山道さん、坂口さん、幸野さん、尾打算、川上さんと私とフルメンバーが参加し、アンダンテ21を中心に活発に意見交換がなされ、分科会は、室内をやめ、野外体験型のプログラムを用意し、源流の自然、文化、歴史をふんだんに味わっていただくことになった。
 特にこの川は、一級河川でダムのない唯一の河川であり、源流域の壮大な河川争奪の歴史を持つ極めて個性の強い川であり、柿木町の多い谷の棚田の石垣の見事さには頭が下がる。いずれにしろ、いい川にいい人間がいるということ。匹見町の渡辺友千代さんや日原町の中井さんなど物事への造詣の深い方々がたくさんおられるのもすごい。匹見町は、今合併問題に揺れている。大きな益田市との合併が待っているという。是非、自らの郷土の未来を価値ある方向で切り開いていってほしいと願った。

2003年2月20日(木)[14:40:23]  
 朝10時から小菅村役場で、「森林再生プロジェクト」に関する打ち合わせが行われた。振興課の青柳課長、源流交流推進室の佐藤室長、奥秋副主査、船木主事、源流研究所の中村所長、森林組合の木下さんの6人で、この取り組みの進め方について協議した。もともと戦後の国の拡大造林に関して、一町歩あたり3000本から4000本のスギやヒノキの苗を各森林団地に植えていき、間伐を重ねながら600本から700本のスギやヒノキを育てていくことが想定されていたが、低価格の木材の輸入が急増したため、国内産の木材が売れなくなり、森林の管理が放置され、現在に至っている。
 間伐に関しては、4月から8月までは根から水をどんどん吸い上げて木が生長する時期なので、間伐で切り倒す際、木同士の接触で皮がむけるなどの傷が付きやすく、間伐の期間は9月から3月が適しているという。間伐は、山梨県の基準で、現況の2割り間伐が定められているという。
 いよいよいつやるかに関して、5月10日から11日と6月21日から22日の除伐から開始し、9月20日から21日、10月18日から19日、11月8日9日、12月6日7日の間伐へと続けていくことが確認された。後は、ボランティアをどう確保していくか、いよいよ大変である。

2003年2月19日(水)[12:22:17]  
 昨年から、講演の依頼が増えている。小菅村小学校、小菅村中学校、熊本阿蘇の宮川サミット、大阪・木津川シンポジウム、今年になって、島根の高津川シンポジウム、板橋区赤羽文化センターの教養講座、青少年育成山梨県民会議、青梅倫理法人会と続く。どんな話の展開になるか、参加者の顔ぶれによって、その場所の雰囲気によって変化するが、基本的な方向をまとめておこうと原稿作りに取りかかっている。
 基本的な骨子は、多摩川の紹介、自己紹介、源流との出会い、竜喰谷への実踏とその衝撃、淵や滝の名称とその由来、地元の長老の方々とのふれあい、源流絵図作成の苦労話、小菅版の作成と小菅村との出会い、源流研究所の設立、源流研究所の活動紹介、調査・研究活動、情報の発信活動、交流事業とくに源流体験教室のねらいと実際、全国源流ネットワークの紹介等々である。そして、写真パネルの紹介にはいる。この紹介は、時間をみながらゆっくりとやる。フルコースで話せば2時間ぐらいになるのだろうか。

2003年2月18日(火)[11:47:08]  
小菅村が大胆な機構改革を断行し、役場の庁内に「源流交流推進室」という新しい部署を造ってしまった。村として、源流を活かしたむらづくりを方針と掲げてこれまでも、様々な取り組みを進めてきたが、平成13年4月8日に源流研究所を立ち上げ、源流と流域との交流を本格的に開始し、この間一定の成果を上げてきた経験を踏まえて、いわば21世紀戦略として、村の生きていく方向は流域との深い関わりを造ることしかないとの決意の現れだろう。
 朝から、新しいスタッフとの打ち合わせが行われた。交流企画、交流実践、源流研究所活動推進、多摩源流まつり、観光事務全般などの交流部門と、あわせて、村の将来ビジョンにかかわる合併対策推進の任務も併せ持つ。この日の会議には、源流交流推進室から佐藤室長、奥秋副主査、船木主事、研究所から文明所長、井村主任の全員が顔をそろえた。大きな事業には、この五人で力を合わせて取り組めるようになるし、たとえ、行事が重なった場合でも、複数のチームで仕事を分担できるようになった。これはすごいことである。打ち合わせでは、源流交流推進室の主な業務について、源流研究所の活動内容について、源流研究所の活動推進について、それぞれ意見交換した。今年どんな活動が展開できるか楽しみである。


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