文明の源流日記


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2003年3月28日(金)[15:38:54]  
 川崎市の宮内中学校の飯塚校長先生と野口先生が、「源流体験」の下見に見えられた。午前中に玉川キャンプ場、森林公園キャンプ場、平山キャンプ場の視察を行う。キャビン、炊事場、トイレ、集会所、キャンプファイアーなどの施設を丁寧に点検しておられた。
 午後から、「源流体験教室」のコースの視察に出かける。現場に着いたら、ここで三点の注意をやること。自分の安全は自分で守ることなどを説明して、渓谷を歩き始める。二人とも大変気に入ったようで、素晴らしいを連発されていた。
 校長先生は、「久しぶりに本当の自然の中に戻ったことを実感しました。6月に生徒達と来たらどんなに楽しいだろうかと思いました。また、事故の無いようにトラブルのないようにと守りばかりになりがちな昨今の学校教育の中であえてこうした機会を設けようとの学年の姿勢を評価し、推進していくことが今の本校には求められているとおもいます。」との感想をお寄せいただいた。
 学年の野口先生は、「美しい水、美しい木々、美しい空。美しい自然に触れると人の心は豊かになるように思います。生徒達の心の中に源流の水を流してあげたい。150名の団体で川にはいるのは大きな自然破壊だなあと思っていましたが、中村所長から『それを守る人を育てればよい』という言葉に目の覚める思いがしました。ありがとうございました。」との言葉が寄せられた。
 わざわざ川崎から校長先生が先頭になって小菅村まで来ていただいたことに心から感謝したい。6月の「源流体験教室」に向けて、一つ一つ準備をしていきたい。
 今朝、朝4時に目が覚めたので、起きて「源流日記」をつけて、昨日の分まで完了した。これからは貯めないぞーといつも決意するが、どうなることやら。しかし、まずは良くやった。
 

2003年3月27日(木)[04:56:17]  
 朝5時に目が醒めてしまったので、「源流日記」のまとめにかかる。後回しにすると、すぐに何日分かがたまってしまう。今度も2週間ぐらい「源流日記」をためてしまった。これだけたまると回復するのに、6時間は必要になる。手帳で毎日の仕事を確認しながら、「源流日記」を付けていく。11時まで、集中して「源流日記」を付ける。終わらないけど随分とはかどりホッとする。
 「源流日記」を溜めるたびに今度は毎日書いていこうと決意する。ところが、忙しいとつい後回しにしてしまう。わかっているけど、又同じ過ちを繰り返してしまう。人間っていい加減でちゃらんぽらんなのだろう。何回も同じ誤りを繰り返す。繰り返すたびに反省するが、直らない。ついつい過ちを行うことが習慣化してしまう。こうなると、誤っていることを楽しむしかなくなる。あまり自分を責めていると疲れてしまうので変な理屈を考えるしか逃げ道はないのだ。しかし、男はやると決めたら最後までやる。威勢だけいいが、困ったブンメイである。
 源流研究所では、森林再生の取り組みを具体化するために、東京農業大学の宮林先生と菅原先生に連絡を取り、「森林診断白書」づくりに何時小菅に来ていただけるかの連絡を取る。4月の下見と「森林診断白書」づくりの日程が確定してホッとする。4月上旬には、お二人を訪ねて細かい打ち合わせをすることを確認した。この間、スギやヒノキの森林の写真を撮っているが、余り良いのがとれなくて困っている。この森林は、間伐が必要だと心から訴えていることが伝わる一枚の写真。これをとりたいのだが。なかなかとれない。
 

2003年3月26日(水)[04:34:55]  
 朝9時に塩山市役所に出向く。企画財政課の北井課長、萩原課長補佐に多摩川源流協議会の会計報告をして内容を点検してもらう。問題はないとのことで、廣瀬宗勝収入役に会いに行く。廣瀬収入役は私のNHK出演番組をよく見られていたらしく、源流絵図作成に向けての調査のことを良く承知されていて、話題が弾む。私の山梨の親父は、塩山市役所に勤め、収入役まで務めた人だったから、昔の親父の釣り好きの話まで出て、時間はあっという間に過ぎた。会計監査は、担当課で見てもらえばあとはハンコを押すだけなので、廣瀬収入役は気持ちよく会計監査を確認し、印を押していただいた。
 塩山市から、小菅村に向かう。暖かくなったので、柳沢峠周辺の木々の枝も赤みを帯びてきてもうすぐ春がくることを教えてくれている。道には雪はないが、森の中は50センチを越える雪で覆われている。こんな年は珍しい。
 源流研究所では、読売文化センターの「黒川鶏冠山・黒川金山を訪ねて」の日程表を作り送付する。読売文化センターの木村支配人から早く送るように頼まれていたのが、延び延びになっていた。読売文化センターは、昨年、「小菅川源流探訪」「黒川鶏冠山探訪」「水干探訪」「三条谷探訪」「巨樹を訪ねて」「源流大菩薩探訪」の6回の「多摩川源流を歩く」シリーズに積極的に取り組んで、参加者にも大変好評ということで今年も継続になったわけで、参加者との再会が楽しみである。もっと早く仕事をやらないと木村支配人に怒られてしまう。いや、木村支配人は怒っているだろう。ごめんなさい遅くなって。

2003年3月25日(火)[04:11:23]  
 泊まったホテルが羽村市の駅前であったので、朝6時の講演に遅れていけないと緊張していたら、何と朝4時に目が醒めてしまった。仕方ないので、本を少し読んで時間を過ごし朝5時に福生市の石川酒造の会場に向かう。場所がわかりにくく、福生市のどの当たりなのか道に迷ってしまう。もらっていた地図を手がかりに交番をみつけてようやく辿り着いた。江戸時代から続いている大きな造り酒屋で庭先や周辺に樹齢300年を越えるケヤキが林立し、何とも不思議な空間であった。流れてくる風が違っていたし、屋敷の佇まいも風格があった。
 「多摩川源流に魅せられて」と題して、45分講演する。持っていった写真も見せながら話をする。講演していると、みんな聞いてくれているなとすぐ気づく。視線が違っている。集中している。話していて気持ちが乗ってくる。なんとも気持ちのいい講演会であった。ただ、朝6時の講演はちょと辛い。講演が終わると食事会が始まり、みんなで朝ご飯を食べる。
 福生市から、奥多摩町を通り小菅村の源流研究所に10時30分に着く。ついてら、奈良県の「吉野川源流調査」のまとめに集中する。写真も157枚添付する。この間、年度末でまとめてみると、森林再生プロジェクトの企画といい、「多摩川源流プロジェクト21」の企画提案といい、「源流絵図」奥多摩版の仕事といい、多摩川源流協議会の仕事と言い、良くやったなと自分を褒めたくなる。一つ一つ仕事を片づけていく。

2003年3月24日(月)[03:49:47]  
今年度の新しい仕事として多摩川源流協議会の事務局の仕事がある。塩山市、奥多摩町、丹波山村、小菅村の源流域の4市町村が協調体制を確立して源流域の水や森林などの自然環境を守る取り組みを押し進め、源流域全体に新しい光を注いでいこうと確かな第一歩が踏み出された。その事務局の仕事を源流研究所がになつてきたが、色々苦労も多かった。会議を一回開催するにも、4市町村の日程を全て確認してから日程を決めなければならないし、途中で決まった日の変更が起こるとその後の調整が大変など、いろいろあった。しかし何と言っても、具体的な仕事をやっていく中で4市町村の担当者同士の連携と信頼が少しずつ築かれていったことが最大の収穫であった。
 この協議会の会計監査を年度内に終えなければならないので、年間80万円の予算の執行を正確に会計簿に記帳してあるかどうかを確認し、それぞれに領収書を添付して全体として会計が適正に処理されているかを監査する訳だ。内のおばあちゃんは、そろばんが5段で会計実務にやたら強いので、会計簿を見てもらったら、領収書の記帳ミスが見つかり、90円違っていたことが判明し、事前に訂正できてホットした。
 また、源流協議会の来年度事業の連絡を各市町村に伝えたり、事務連絡をまとめたりと色々仕事をこなし、年度内の仕事をほぼ完了した。会計監査は、塩山市の廣瀬宗勝収入役にやっていただくため、水曜日の午前中に塩山市に出かけることになった。
 明日は、福生市の法人会の早朝講演のため、夜に福生市のホテルに向かう。ホテルの近くのお好み焼きを食べて寝る。

2003年3月22日(土)[11:52:49]  
 世田谷区の瀬田小の親子80名が「源流体験」に訪れた。大型バス二台で到着した一行は、古菅養魚場見学に向かう。子ども達は、ヤマメやイワナを観察し、ヤマメの綺麗さとイワナの大きさにビックリしていた。養魚場組合長の話によると、ヤマメは3年、イワナは7年生きるという。見せていただいたイワナは4年ものの35aのおおもの。袋に入った生きのいいイワナを熱心に見つめていた。
 ヤマメやイワナの観察の後、小菅村のメインストリートを歩いて、廣瀬屋旅館で昼食。そのメニューの豪華なこと。ヤマメの塩焼き、ジャガイモの煮物、フキノトウやさつま芋、マイタケの天ぷら、コンニャクの刺身、ポテトサラダ、お付けもの等々食べきれないほどのおかずがテーブルに所狭しと並んでいた。しっかり食べてから、三つ子山ハイキングコースから、原始村に向かう。原始村では、水温あてゲームをやる。水温は4度だった。その後、手首まで水につけて何分我慢できるか大会をやる。何と5分30秒我慢した生徒が11名もいた。そこから、ヤチグラノ滝、平山キャンプ場と周り、源流体験を終了した。参加した子ども達は、大変元気で、楽しい1日を過ごせた顔をしていた。

2003年3月20日(木)[11:22:05]  
 今日は講演の日である。青少年育成山梨県民会議の総会の講演を依頼され、「多摩川源流に魅せられて」と題して、90分話すことになったのだ。県立青少年センターに着くと、小菅村の源流交流推進室の奥秋一俊さんと船木譲山河すでに到着して待っていた。三人で源流の四季の写真であるパネルを会場まで届ける。  約百名の参加者を前に話し始める。自己紹介、多摩川紹介、多摩川源流紹介と進めていく。源流との衝撃的な出合いや地名とその由来を辿る旅について詳しく話していく。続いて、源流研究所の活動を紹介し、調査研究、情報の発信、交流事業、全国源流ネットワークに話を進め、特に「源流体験教室」のねらいや活動の姿を紹介する。あっという間に90分が経過する。
 講演終了後、三人で甲府のラーメン屋に行く。そこは餃子も美味しいので二人に紹介する。その名は蓬莱軒。日本テレビのラーメンベスト5に選ばれたところでもある。三名で楽しく召し上がった。


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