文明の源流日記


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2003年4月28日(月)[16:58:47]  
 嬉しいことに「森林再生プロジェクト」のボランティアがゾクゾク集まりつつある。今日現在で23名が応募してきた。学校の先生や自然派志向の市民もいる、東京農業大学の学生もいる。一番多いのは、農大の学生さん。一昨日、昨日の「森林診断白書」作成に参加した青柳さんや松島さん達の名前も見える。最初の2週間は反応がなく、心細い思いをしたが、流域に何度も通い今回の「森林診断作成と森林再生」事業の大切さを説明し、ボランティアの募集に協力をお願いしてきた。「源流の四季」で広め、新聞でも紹介してもらい、農大の先生や桜美林の先生方には、授業の中で紹介していただいた。宮林先生や菅原先生の協力が大きな力となった。しかしこれだけ集まるということは、日本の森のことを心配している国民がたくさんいるということ。森林の現状を正確に知らせていくことが何よりも大切なことを教えられた。
 今週からは、日本財団がインターネットでこの事業を紹介してくれている。リバーシップの加藤真紀子さんも見やすい綺麗なボランティア募集の紹介サイトを創り広めてくれている。有り難いことである。こうして徐々にボランティアのことが広がれば今年12月までのボランティアが集まる可能性がある。
 考えてみれば、このくらいのことで浮かれていてはダメだ。まだ、入り口の入り口。10年間の取り組みのとっかかりに過ぎない。大地にしっかり根を張りながら地道に頑張りたい。
 5月4日の小菅の源流祭りの準備がいよいよ本番を迎え大変である。村中に看板が立ち、多くの市民を迎えるのに余念がない。今年は新しい企画がたくさんあり、ビッグな「獅子鍋」や源流宝探しに井村主任研究員が奮闘中。美味しい「獅子鍋」ができるぞー。源流研究所は、東大茶道部有志の協力を得て「源流茶会」をやる。これも源流の美味しい水でお茶をたててもらうので一度試してみたい人が多いと思う。しかも「源流茶会」の料金が300円と安いから受けることであろう。
 全国源流ネットワークの輪が広がっている。京都の鴨川の源流から、また岩手県中津川の源流から、また山口県錦川源流から是非一緒にやりたいと申し込みがあった。これで、北海道の十勝と尻別、岩手中津川、埼玉荒川、山梨多摩川源流、道志・相模川源流、長野県・天竜川、三重県・木津川源流、奈良県・吉野川源流、広島県・旭川源流、島根県・斐伊川・江の川・高津川、熊本県・球磨川、大分県大野川と源流仲間の輪が広がりつつある。全国源流ネットの輪はこれからも確実に広がって行くであろう。

2003年4月27日(日)[12:17:31]  
 朝6時に起きて、日本財団の外海さんを白糸の滝に案内する。霧雨の白糸の滝は何とも優しい姿で私たちを迎えてくれた。新緑の衣装を纏ったシオジや千鳥の木などが静かな風の中にその葉を揺らしていた。朝食を食べて、みんなで「森林診断白書」作成に出かけた。昨日と同じ要領で円形標準値調査を実施する。歩きながら、こんな急傾斜地によく植林したなと思える場所が何カ所もあった。
 未来に夢を託しスギやヒノキを植えてきた先人達の汗と涙の苦労が偲ばれた。このまま放置して森林を荒廃させれば、それこそ先祖様に申し訳ない。木を育てるということは、人々の心に大地への愛を育てることなんだなとつくづく思った。大地の温もりが分かる人間を育てること、水や緑の大切さが体にしみこんでいる子ども達を育てていくことが大切であることが分かった。

2003年4月26日(土)[12:05:17]  
今年度の重点課題である「森林診断白書作成と森林再生プロジェクト」の取り組みがいよいよ本格化する。今日は、東京農業大学の宮林先生と菅原先生が学生を連れて「森林診断白書」作りに小菅村に入って来られた。この事業は日本財団の助成事業なので担当の外海さんも視察にお見えになった。
 10時に一行が源流研究所で落ちあい、早速今川の森林団地に向かう。まず、現地で宮林先生と菅原先生が森林診断の考え方を説明。森林管理の状況を把握することから開始すること。現在生産林として、積極的に管理されているか、森林管理が放置されているか、あるいは森林管理が放棄されているか、環境林・保安林として管理・指定されているか等々、森林管理の状況を正確に把握すること。このことを頭に入れて森林調査にはいる。
 実際に森にはいるとヒノキあり、スギあり、アカマツあり、雑木林あり、急傾斜地有り、緩やかな傾斜地有り、間伐地有りと様々な森林地の現況に触れることが出来た。鹿倉山の道のない急斜面が続いたとき、間伐材をそこに寝かしたままにしておくと、その後の管理が大変になること、その場所を通過するだけでも困難であること、ましてそこで作業でもしようと思えば間伐材の整理から始めなければならないことなど実際に入ってみて分かることがたくさんあった。足はくたくたになり、筋肉が悲鳴を上げるが、後れをとることはみっともないので、我慢の行軍が続く。今川森林団地の南側を6時間にわたって歩く。繰り返し、円形標準値調査を繰り返す。半径5bの円の中にスギが何本あるか、胸高直径はどのくらいあるか、樹高はどうかを丁寧に調査し、127倍すると一ヘクタールあたりの本数が出てくる。そこで森林の現況からしてどの程度間伐したらよいのかを検討していく。一山一山丁寧に調査していく。そしてその山にあった再生法を検討していく。どの山もこんなに丁寧に調査されたことはないだろう。訪れた山々が何故か喜んでくれているように思えた。
 小菅の湯で疲れをとり、民宿山水館で懇親会。宮林先生、菅原先生、学生の青柳さん、松島さん、石坂君、高橋君、河澄君、日本財団の外海さん。そして所長と佐藤室長、奥秋さん、船木さんの12名。ヤマメの味噌焼き、煮物、山菜の天ぷら、イワナの刺身、コンニャクの刺身そしてざるそばと美味しい源流料理が並び夜遅くまで交流が続いた。

2003年4月25日(金)[11:02:06]  
 今年の9月に開催される第4回全国源流シンポジウムのチラシの作成に取りかかる。訴えの中で、すべての川は源流から流れていること、源流の水や森は人間生活に必要不可欠であること、多様な野生生物の生息場所であること、変化に富んだ自然景観は私たちに安らぎや潤いを与えていることをまず強調する。文明の文章はどうしてこんなに硬くなるのか、困ってしまうが、やろうとしている取り組みの意義や役割を解き明かし、理解してもらうことが大切との信念があるからだ。
 そして、源流は日本の文化を育み、生き方や自然観に大きな影響を与えてきた。こうした源流に魅せられた私たちは、源流を愛する仲間の輪をひろげ、各地で「全国源流シンポジウム」を開催してきた。今回の「第5回全国源流シンポジウム」は島根県の高津川流域で開催される。ここには、日本一美味しい鮎がいる。
 今全国各地の源流は過疎や高齢化で厳しいが、日本人の原風景ともいうべき源流の自然や文化から多くのことを学び後世に伝えていきたい。お互いに経験や情報を交換し、励まし合いながら源流を愛する仲間の輪を広げ、源流の生活と自然環境を守っていこうと呼びかけている。このチラシを現地実行委員会に送り、確認をえてから、全国各地にまず知らせていきたい。
 もう一つ、「森林再生プロジェクト」のボランティア募集の取り組みを進めていった。東京農業大学の宮林先生が、「所長、ボランティア増えているよ」といつもの大きくて太い声で電話が掛かってきた。「この取り組みは、地元がしっかりしているから呼びかけても安心。もっと増えるよ」と嬉しい知らせ。源流観察会の雨宮先生からは「文明さん、確実なのは5名です。よろしく」と連絡がくる。日本財団からは、この取り組みをインターネットで流し、ボランティア募集の輪を広げたいとの知らせ。ここにきて確かな反響が広がりつつある。しかし、この取り組みは10年間を視野に入れたもので、始まったばかり。これからこれから。
 

2003年4月24日(木)[07:16:41]  
 「多摩川源流・緑のボランティア募集!」の普及活動で東京に向かう。先ずこの事業の存在を多くの市民・学生に知らせなければボランティアが集まりようがないわけである。多摩川流域の皆さんに難問を抱えた民有林の現状を知っていただき、一緒になって悪くなりつつある森林環境を改善していって欲しいとの願いを届け、ボランティアへの参加を募っていきたい。不特定多数の市民の方々に届けて行くには、どうしても新聞・テレビで訴えていくしかないわけで、読売新聞、朝日新聞、東京新聞、アサヒタウンズの各社をまわった。
 朝、6時30分頃塩山を出発して、中央道で国立市役所に向かう。国立市役所で井村主任研究員と待ち合わせる。朝日新聞、東京新聞、アサヒタウンズはそれぞれ立川支局を訪ね、読売新聞は八王子支局をそれぞれ訪ねた。どこも一斉地方選挙の取材で忙しく、選挙が終わったら取材して取り上げたいとの反応であったが、「森林再生プロジェクト」の特徴や意義を詳しく説明し、是非大きく紹介していただくようお願いした。
 この事業のボランティアは、土日がつぶれる上に4.000円の参加費までいる。不況・リストラの荒れ狂う中、リストラの分他の人に仕事が周ってきて、只でさえもくたくたに疲れているのに、わざわざ源流まで出かけてきて、ボランティアで間伐作業に参加する人がいるのだろうかと大変不安である。そこは市民の皆さんを信じるしかないが、学生に出来るだけ多く参加してもらおうと桜美林大学の伊藤先生と東京農業大学の中村先生を訪ねてボランティア募集への協力を要請した。立川、八王子から町田に向かい、町田から世田谷へと車を走らせた。
 途中、携帯に「源流体験教室」の問い合わせが舞い込んでくる。黙っていても申し込みがある「源流体験教室」。「森林再生プロジェクト」大いに宣伝して多くのボランティアが参加してくる状態にしていきたい。
 森林の働きは、木材の生産、水源の涵養、国土の保全、森林浴などの保健・文化、環境教育などの多くの公益的機能を備えている。公益的機能を持ち合わせた森林は、みんなの財産であるのでみんなで守っていきたい。今、人工林が荒れていっている現状を放置すれば、災害の多発など取り返しのつかない損害を将来背負うことになることは目に見えている。今手を打たなければ大変なことになるだろう。大きな台風や集中豪雨の度にスギヤヒノキがなぎ倒され、土砂を流失させ、ますます土地を痩せさせていくだろう。土砂は上流のダムを埋めていき、ダムの機能も失われていく。国土が荒れることを見過ごすことは恐ろしい。「無知こそ最大の罪である」と誰かが言ったが、知らないと言うことは考える力を失わせると言うこと。多くの方々に人工林の本当の姿を伝えもっと良い森にしていくために献身していきたい。
 

2003年4月23日(水)[06:56:03]  
 多摩川源流協議会第5回助役会議が奥多摩町役場で開催された。塩山から廣瀬助役、相沢企画財政課長、雨宮課長補佐、奥多摩から河村助役、新島主任、小菅から古家助役、青柳振興課長、源流研究所から中村所長、井村主任研究員がそれぞれ出席した。丹波山村は、山梨県から特命で呼ばれており参加できなかった。助役会議では、これまでの経過報告と平成14年度の会計報告、会計監査報告がそれぞれおこなわれ了承された。
 中心議題は「多摩川源流プロジェクト21」に関するもの。この運営をどうするかについて熱心に討議された。テーブルには9名の委員と市長、町長、村長が座ること。全体討論方式で運営すること、初回には、各市町村の担当課長から「現状と課題」を詳しく報告してもらい、プロジェクト委員の源流に対する認識を共通なレベルに近づけることなどなどが確認された。会計報告、監査報告は協議会総会承認事項なので、5月21日に協議会総会を開催して承認を得ることなどを決めた。
 さらに「多摩川源流プロジェクト21」で審議され、提言・答申された内容を今後どう活かしていくかについて様々な角度から意見交換され、出された意見を事務局で整理して第一回プロジェクトで問題提起することになった。このプロジェクトでこれからの源流の進むべき方向がしっかりと打ち出されることを期待したい。
 源流研究所では、「森林再生プロジェクト」のボランティア募集をどのようにして集めていくか、井村主任と知恵を出し合って手を打った。インターネットでの宣伝を強めること、大学生にもっと参加を呼びかけること、マスコミにさらに働きかけること等々を決め、明日早速東京に出かけることにした。

2003年4月22日(火)[15:33:25]  
 20日の地元の新聞・山梨日々新聞に島根県で開催される第、4回是国源流シンポジウムと全国源流ネットワーク及び文明所長のことが大きく報道されたので、行きと所、行くところで、「見ましたよ。活躍されていますね。相変わらず忙しそうですね」と大勢の方々から声をかけられた。3週間ぐらい前に取材を受けていたが、そのことはすっかり忘れていたので、突然の報道にびっくりした。なにしろ、扱いが派手すぎた。社会面トップの記事で、5段見出し、9段記事。「源流文化や自然 後生に」とでかでかと見出しが踊っていた。有り難いことである。こんな時代になったので源流でコツコツやっている仕事が大きく紹介されるようになったのであろう。大きな期待を寄せられているようで責任が重い。
 朝起きたら雲一つない快晴。新緑の写真を撮りに出かける。丹波渓谷の綾織沢周辺、小菅村ヤチグラの滝周辺、奥多摩町小河内ダム周辺とシャッターを切り続ける。今月は上旬に雪が降るなど芽吹きの頃は寒さのせいで今ひとつだったが、ここにきて一斉に新緑が輝いて来た感じである。この調子で新緑がどんどん進んでくれよ。


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