文明の源流日記


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2003年8月28日(木)[12:11:24]  
朝8時30分に佐藤さんと一緒に高橋先生と門馬さんを訪ね、小菅村の概要を説明し、ヤマメやイワナの養魚場、下水処理施設を案内する。
 午前10時から、所長、佐藤源流交流推進室長、井村主任と国土交通省京浜河川事務所主催の「源流体験教室」に関する打ち合わせを山口さんと行う。参加者の顔ぶれを見て、4歳児に関しては、全体から切り離し、井村主任とお母さん都で対応すること、全体の先導を所長が行い、佐藤室長が全体の安全確保をかねて隊列の最後を守っていくこと、気温が下がって体力的に困難な場合は短縮することなどを確認する。京浜河川事務所との打ち合わせが終わった頃、そこにNHK甲府放送局大月支局の佐藤記者が取材に見える。今回の源流体験の目的や之までの源流体験の経過や実績を紹介する。源流体験を取材して今日の夕方が明日の朝に放映されるとのことであった。
 正午に一行が到着する。スタッフ紹介の後、日程説明し、昼飯をとっていただく。参加者の装備を見ると、源流体験とは違う服装が多い。多少の不安が募るが、ここまで来て変更することも出来ず、昼食の後出発する。
 現地に着いてから、参加者の靴に縄で滑り止めを施す。準備体操と源流体験の目的、源流体験のルールを簡単に説明し、源流に下り始める。河原について、渓谷を歩き始めると「水がきれい」「冷たい」の声が上がる。何回となく渡渉するたびに子供たちの顔が元気になってくる。先頭の子ども軍団はグイグイと進んでいく。子どもの勢いに押される形でお母さん達がついてくる。その後に人生のベテランの方々がついてくる。赤沢出合い下淵では、ヤマメの観察を行い、瞳淵では、淵に飛び込んで遊ぶ。子供たちの元気と勇気に拍手が沸き起こる。いろいろあったが、元気な子供たちの姿に親やスタッフが励まされる楽しい体験になった。
 参加者のアンケートを紹介します。

 □「印象に残ったことは自然の素晴らしさ・水の冷たさ、きれいさ、魚がみれたことです。また、子どものたくましさと笑顔も印象に残りました。」
 □「初めての体験であり、楽しめた。今度はこの様な体験を幅広くPRして子供たちに体験させてあげたいと思います。」
 □「こんなに凄い体験は初めてです!源流の川がこんなに冷たいとは思いませんでした。子どもの頃に川遊びしたことを思い出しました。」
 □「意外とハードだった。教室が川の中だとは驚きました。得難い体験をさせていただき、感謝しております。自然がいっぱいあり、『これが自然だ』と肌で感じました。子どもに源流体験させることは、極めて大事なことだと思います。源流は『自然の最たるもの』であり、子どもの頃に五感で味わせる事は、その後の人生にとって大きな糧になると思います。」
 □「写真でしか見たことのない清流が自分の目で見れたことにとても感動しました。本当にきれいでした。とても楽しかったです。来年は高校生の息子も連れてきたいです。」 □「源流は険しく容易に歩けないと思った。子どもの身の軽さには驚いた。年をとると運動神経が鈍り、川の中にこけ、スタッフにご迷惑をおかけした。一応、参加者と歩き通した後は清々しい。関係者の皆さんのご苦労に感謝。」 

2003年8月27日(水)[08:46:00]  
今、頭の中は「多摩川源流プロジェクト21」の中間答申・試案づくりのことで一杯である。朝から森林に関する文献に目を通す。奈良・吉野川源流調査の合間にも、森林に関する書物に目を通し、多摩川源流の価値と役割、可能性に関する探求と現状打開に関する方向性をどのように切り開いていくのか、基本方向を提示し、今度のプロジェクト委員会でどの内容を集中的に議論していただくのか、そのたたき台をどうするかという課題が、いつも頭から離れない。
 基本的には、源流域の現状を出来るだけ正確に把握し、そこに横たわっている成果と問題点を明らかにし、良いものは伸ばし、悪いものは改善していくこと、この点が基本であることには間違いないが、過疎化と少子化が急激に進んでいる中、源流の役割と価値をどう位置づけ、源流にある資源の存在意義を明らかにし、その意義にふさわしい保全と活路を編み出していくこと、これしかないのであろう。
 午後4時に、高橋先生と門馬さんが小河内ダムの建設に関わる住民運動の歴史的調査にお見えになる。小菅村の広瀬村長と奥秋総務課長と源流研究所からは、私が対応する。昔のことに関する資料も不足している中、廣瀬村長が質問に答えて詳しく回答していた。さすが村長、戦後の小菅村の歩みに関して非常に詳しい内容まで承知している印象であった。

2003年8月26日(火)[01:18:12]  
 調査の最終日、朝から今回の調査のまとめに取りかかる。またまた、亜希ちゃんがパチパチ打ち込んでくれる。午前10時に、民宿のご夫婦にお礼を述べて、源流館により、今回の調査の模様を伝えて川上村を後にする。
 多摩川源流と奈良・吉野川源流を繰り返し繰り返し歩き続けている。自然、歴史、文化、産業の資源の各分野に同一性と相違性が存在する。源流比較論が考察出来るまで歩き続けたいものである。ようやく川上村の源流域の様子が少しずつ分かり始めている。時間と空間をどう埋めていくか、地元の人には到底かてないが、源流を見る目は少しずつ肥えてきているはずである。時間と回数をどう克服するか、源流の本質にどう迫っていくか、自分の成長次第であるが、焦らずに歩き続けるしか道はないだろう。

2003年8月25日(月)[01:06:06]  
 朝から、今回の実踏調査の記録の整理とまとめに入る。前回の北俣川の実踏調査のまとめも途中だったので、これから取りかかる。一の壺からホウキ谷までの詳しい聞き取りをまとめていく。その後、三之公調査のまとめに取りかかる。長い時間をかけてこの二つの調査のまとめが終わる。亜希ちゃんがドンドンパソコンに打ち込んでくれる。どうしてこんなに早いんだろうというくらいのスピードで仕事がはかどっていく。この間の調査の打ち込みを自分一人でまとめていけば、3日か4日はかかる仕事を一日でやってくれる。有り難い有り難い。民宿の食事は相変わらず美味しい。元気のもとは源流からのエネルギーとこの美味しい料理だ。川上源流調査の楽しみが一つふえた感じで嬉しかった。
 昨日の気温の熱かったこと。この夏一番の暑さの中を朝8時から午後の4時まで三之公川の調査に没頭したお陰で、すっかり暑さに参ってしまった。3日続けての山行きも応えていたので、体がさすがに疲れてしまった。優しい娘と愛妻が疲れを癒すために午後に室生寺に連れて行ってくれた。

2003年8月24日(日)[00:52:18]  
 吉野川源流調査3日目。中平さんと西村さんのガイドをお願いして三之公川の実踏調査に入る。今回の調査の一番の目玉と位置づけていたもので、目的を達成することが出来て嬉しかった。

2003年8月23日(土)[00:49:27]  
 吉野川源流調査2日目に、本沢川の実踏調査に出かける。時間と距離を確認しながら、じっくりじっくり歩いていく。三十三荷から釜之公谷の上流域に踏みいることが出来た。詳しくは後日。

2003年8月22日(金)[00:45:47]  
奈良県吉野川源流調査に出かける。昨年5月に足を踏み入れてから7回目の源流調査になる。今回は、補助員として、長女の亜希ちゃんが同行する。調査の記録を現地で終えるのが目的で亜希ちゃんの助けを借りるわけだ。愛妻の真里さんは、源流ファンとしてグループに加わる。朝午前6時に山梨を出発して、午後1時30分に川上村に到着する。
 源流館で、今福さん、林田さん、黄瀬さんらに会い、挨拶を交わす。坂口さんと今回の調査の打ち合わせどうり、初日は「歴史の証人」に会いに行く。村役場の産業課の泉谷さんが、「吉野杉の歴史の証人」を案内してくれる。樹齢388年、日本で人工林としては最も古いスギとして保存されている。江戸初期の1615年当時に植えられたことになる。素晴らしいスギだった。途中、泉谷さんが故郷への思い、林業への思いを沢山語ってくれた。
 宿泊地は、ログキャビン高原という民宿だったが、食事といい、部屋といい、お風呂といい、経営者の人柄といい、大変気に入った。地元で取れた野菜をふんだんに取り入れたヘルシーな料理であるが、一つ一つに手間暇かけてあり、色で楽しみ、香りで楽しみ、味で楽しみながら夕食を頂いた。民宿の孫のコウイチロウ君がよく遊びに来て楽しかった。


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