文明の源流日記


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2003年9月29日(月)[19:04:58]  
午前6時に目を覚まし、納豆と炒り卵をおかずにした朝飯を食べて、奥多摩・日原川源流調査の準備に取りかかる。カメラ、三脚、フイルム、これまでの調査記録などを点検し、6時50分に我が家を出発する。柳沢峠の気温は今年初めて一桁の9度を示していて、峠周辺は秋の訪れを日に日に感じさせる。丹波山村を抜けて深山橋に着く。自宅から源流研究所までが走行距離で41`だが、深山橋まで直進するとちょうど同じ距離なのでビックリした。奥多摩町の市街地に入り、氷川橋の手前を左折し、日原街道を進む。自宅から62`進んだところが、日原鍾乳洞のある小川谷橋である。いよいよ今日の目的地、小川谷林道を突き進む。ツバメ岩、カゴ岩、梵天岩を覗き込みながらカロウ橋、滝上谷橋を過ぎる。しばらく行くと、大雨による土砂崩れで林道が通行止め。
 仕方なく、カメラ、三脚、弁当を携え、胴長をはいて歩き始める。崩落現場を巻いて林道の終点まで1,5`を歩くと林道の終点に着く。小川谷林道は約6,5`ある。そこから酉谷を目指して山道を歩き始める。歩き始めて5分ぐらいしたとき、目の前に熊が現れた。ビックリした。よく観察すると、黒い毛が艶々していてとても健康な熊である。相手もビックリしたようで一目散に熊が逃げ出した。逃げ足が早いし、上手である。もし、山の斜面の上の方から襲われたら、逃げ切れない速度だなと直感した。追いかけようと思ったが、足が進まない。もし、引き返してきたらとの恐怖感が体中を廻っている。だから前に進めなかった。瞬く間に姿は視界から消えたが、熊が立ち去るときに山肌の岩を蹴散らす音が谷に響き、すぐ近くを熊が逃げていることを知らせてくれる。一瞬今日の源流調査は大丈夫かなと考えてしまった。源流の調査を開始してから、源流に足を踏み入れること803回目であるが、熊に遭遇したのは初めてである。そういう意味では、歴史的な日であるが、心穏やかでない。ここで負けてたまるかと自分の心を奮い立たせ、源流調査を続行することにした。鈴を鳴らし、声を張り上げ、「熊公出てくるなら出てこい」と云わんばかりの空元気をみせながら進んでいく。どこからともなく山肌から、石が転げ落ちてくる。熊なのか、風なのか、犯人は知る由もないが、今日だけはびくびくしながらの源流調査になった。
 小川谷の源流域の三俣に着く。大京谷、悪谷、酉谷の三本の流れが確認できる場所にこの名が付いていた。悪谷を調査することにする。入り口は、明るいが奥に進めば進むほど岩が切り立ち両岸が迫ってくる。特に右岸の絶壁はなかなか迫力がある。深く刻まれた谷を進んでいくと迫力満点の滝に出会った。不動滝と名付けてもいいくらいの神々しい神秘的なロケーションの中に滝は流れていた。足場の悪さからこの谷の名前が生まれたのであることは、歩いてみればすぐに気づく。確かに足場は悪いけど、別のもっと素敵な名前であってもいいとも思った。いずれにしろ名前はともかく、何回でも訪ねたくなる魅力的な谷であった。いずれにしろ、今日は思い出に残る源流調査になった。  

2003年9月28日(日)[15:16:56]  
年をとると昨日までの疲れが一晩寝ただけではなかなか回復しない。午前中自宅でゴロゴロする。でも、昨日の世田谷区松原小学校4年生の源流体験の感想を読んでいたら、自分までが、清々しい気持ちにとりつかれてしまった。心が満たされる気分だ。子供たちに日本の自然が誇れる人間になって欲しい、源流の美しさと厳しさを心に刻んで欲しいと願いつつ、一生懸命取り組んだことが、源流体験参加者にしっかり受けとめられたことの嬉しさ、頼もしさは、何とも表現のしようがないほどだ。こんなに喜ばれていると手に取るように感じることが出来る仕事ができることこそ本当の幸せなのだろう。源流有り難う、小菅村有り難うと叫びたくなる。
 源流体験のアンケートを紹介します。

 □「めずらしい体験で楽しかったです。苔のこと、土壌のこと、長い時間かかって出来ていることを知りました。よいお話でした。水の色、流れの美しさ、素晴らしかったです。自然を大切にする気持ちにつながる体験になったと思います。源流研、役場の方々、先生に感謝いたします。ありがとうございました。」

 □「とても楽しかったです。川渡りあり、ロープ渡りあり、山歩きあり、いろいろなことを短時間で体験できて、子どもも私も興味を持って取り組めました。新しい企画が出来たら、また何回も来たいです。今のままでも何回も来たいのですが。」

 □「川の流れのいきおい、水の冷たさ、川本来の素晴らしさを味わうことができ、楽しい一時を過ごすことが出来ました。昔、川遊びをしたときの思い出が甦ってきました。この様な企画これからも続けて欲しいと思います。的確なご指導有り難うございました。」

2003年9月27日(土)[19:34:27]  
 世田谷区の松原小学校の4年生有志68名が、校長先生を先頭に、「源流体験教室」にやってきた。今年最後の「源流体験」なので、自然と気合いが入る。午前11時過ぎに源流研究所に到着する。スタッフの奥秋一俊さん、穣君、井村さんの紹介のあと、簡単な挨拶を済ませてお弁当を食べるようお願いし、出来るだけ早く源流体験を開始できるようお願いする。丁度12時に源流に向けて出発する。
 全体を2班に分け、1班を所長が、2班を穣君が責任を持つことにし、一俊さんには、釜淵の安全確保に責任を持ってもらい、井村さんには2班の安全確保と穣君のサポートをお願いする。子供たちを前に源流体験の目的を述べる。川の源、水の源の姿を自分の目と耳と体全体で観察すること、そして今日は自分の力を信じて自分のことは自分でやる、自分の安全は自分で守ることをやり遂げるよう指示を下す。源流を自分の判断で歩き通すよう激励する。
 いつもの岩場では、源流の美しさと源流の厳しさを心を込めて話していく。川では、川が主人公で流れに沿って右側が右岸であり、左側が左岸であること、瀬、トロ、淵の特徴、本流と支流の違いとその見分け方などを体験を通して説明していく。源流を一つ一つ渡る毎に子供たちは元気になっていく。箱メガネで魚を見ると「魚いるいる」と大きな歓声を上げる。最後の瞳淵では、冷たい水温にも関わらず、何人もの子供たちが繰り返し飛び込んで、源流の清流の素晴らしさを楽しんでいた。子供たちみんな生き生きとしていた。子供たちが元気だと親たちも不思議と元気になる。今年最後の源流体験が生き生き元気に終えることが出来て嬉しかった。夜は、長作の方々と今後の対策を検討した。佐藤さんと所長で出席したが、源流研究所への感謝の気持ちが表明されたことには感激した。
 源流体験のアンケートを紹介します。

 □「子供たちが思っていたより自分の力でドンドン進んでいく姿を見て、『すごい!!』と思いました。ふだんちょっとした小さな傷でも『痛い』と言って保健室に来る子供たちが、もくもくと歩いている姿、最後何回も飛び込んだりと一歩逞しくなったのではと思いました。『子どもの力』ってすごいですね。」

 □「若い頃、沢歩きを山歩きのついでに少しやっていたが、これほどワイルドにやるのには驚いた。特に滝壺に子どもを飛び込ませたのはビックリした。
 子どもにとって、楽しい、忘れられない思い出として、一生心に残ると思う。good!」

 □「期待以上のエコツアーでした。前日にホームページで源流研究所をざっと見た程度で気軽に参加いたしましたが、途中子どもをケアする余裕もなくなり・・・なかなか出来ない体験でとても楽しかったです。久しぶりに子どもの頃のワクワクした気持ちを思い出しました。丁寧で要領の良いご説明もためになり、本日は本当に有り難うございました。このくらいのアドベンチャーが大人にはちょうどよいです。」

 □「自然の大切さ、美しさ、壮大さを体感でき、大満足でした。子どもに自然の美しさと危険そして自分の命は自分で守る事を感じてもらえたと思います。有り難うございました。また家族でも体験できればと思います。楽しかったです。時間を忘れさせてくれました。今後ももっと多くの子供たちが体験できればと願います。」

 □「寒かったけどすごく楽しかったし、土曜日だから行きたくないとおもつたけど来て良かった。また来たいです。」

 □「水の流れがとても強かったけど、とても楽しかったです。東京にこんな自然があるなんてびっくりしました。水がとてもきれいですごく冷たかった。」

 □「とても楽しかった。東京からこんなに近いところで、こんなに大自然を感じることが出来てうれしかった。水の冷たさや水の綺麗さ、川の中を歩いたときの水に押される力、など体全体で体験できたことはずっと心と体に残ると思います。終わってみると2時間も歩いたとは思えない感じで、なかなかハードな道をクリヤできた達成感がなんともいえず、すがすがしく、胸を張りたい気分です。家族4人で参加しましたが、本当に来て良かったと思います。ありがとうございました。」

2003年9月26日(金)[19:32:19]  
 自然再生推進法に関する企画書を作成する。この企画書をもとに、環境省自然環境局南関東地区自然保護事務所の整備計画専門官・公園保護科長の三島光博さんに連絡を取り、今後の自然再生協議会の設置に関する指導を仰いでいくためである。自然再生に関する法律的な規定は、かなり幅広いもので、環境保全、再生、創出、維持管理まで含むもので、人工林はもとより、自然林の維持管理、新しい自然の創出まで含む。視点として、生物の多様性確保を通じた自然との共生、地域の多様な主体の参加と連携、科学的知見に基づいた長期的視点からの順応的取り組みなどがあげられているが、ここでは、これらの視点全てが当てはまる。
 三島専門官と連絡が取れ、来週中にいつ合うか相談することになった。

2003年9月25日(木)[17:51:48]  
 国土交通省京浜河川事務所の海野所長と石田調査係長が、多摩川源流資源調査のため、小菅村にこられた。海野所長は、常々河川を考える際、流域の視点が非常に大事であること、また源流の自然、歴史、文化、産業の様々な資源の調査と保全が重要との立場をとられているが、今回直接源流の自然の資源を調査したいとの希望が源流研究所に伝えられ、今回の竜喰谷実踏調査が企画されたものである。朝9時30分に小菅村役場に集合し、所長と佐藤室長がガイドして竜喰谷へと案内する。
 一昨日からの雨のため、一ノ瀬川が増水していたため、最初の徒渉に神経を使った。いつもわたる場所が深いうえに流れが速すぎてわたれないことが判明、そのことを伝えれば余計な不安を持たれるので、何もなかったような様子で、「ここをわたります。私が渡ったのを確認してからついてきてください」と指示を出して渡り始める。自分一人ならどうって事はないが、普段なら躊躇してしまいそうだが、サポーターがしっかりしていたので、明るい顔をして渡りきり、海野所長をサポートする。海野所長にはかなりの緊張感が走っていたようだ。続いて竜喰出会い滝、精錬場の滝、ヤソウ小屋の滝、下駄小屋の滝とその場その場で滝の由来を語りながら進む。海野所長にとっては驚きと感動の連続であったようで、ブンメイがお気に入りの「源流の神々の語らいの場」なんかも大層感心して周囲を観察されていた。
 一番のハイライトは、下駄小屋の滝の上にある滝。無名滝だが、竜喰谷で最も存在感があり、周辺の景観も優れているので、「龍神の滝」とブンメイが呼んでいる滝へのアプローチ。足を踏み外すと命に関わる危険な個所が横たわっている。下りが恐いので、一歩一歩踏み固め、安全を確認しながら滝に降りる。滝の正面に立ったとき、みんながその姿の神秘さに打たれ、しばし全員がその姿に見惚れ、声もない状態であった。多分、海野所長もどこが一番凄かったですか、と尋ねるとこの滝のことをいうに違いないと確信した。川崎の鈴木真智子さんから源流の素晴らしさを再三吹き込まれていたようで、「ここには鈴木真智子さんは来ましたか」と質問され、「いえ来ていません」と答えると、「真智子さんに勝った」と云わんばかりに、両人ともかなり満足そうな顔色をされていた。竜喰谷のすごさを象徴している「龍神の滝」。いつまで佇んでいても飽きの来ない不思議なゾーンである。
 二股から左のコースをとり、巡視道に出る。車まで無事に帰還し、海野所長に多摩川源流の自然の素晴らしさを直接実感していただいて本当に良かったと心の中でささやいた。石田さんも随分気に入ったようで、流量の定点観測を含めて若手を是非実踏調査に連れてきたいと感想を述べていた。夜の懇親会も実に楽しかった。

2003年9月24日(水)[17:06:43]  
 今年の一番の課題であった「森林再生プロジェクト事業」は、小菅村と源流研究所、森林組合と東京農大の4者の協調体制の確立とスクラムのお陰で大きな成果を上げつつあるが、来年度に向けてどんな取り組みを行うのか、とりわけ来年度に予定している自然再生推進法にもとづく事業の検討もかねて、小菅村の青柳振興課長、佐藤源流交流推進室長、森林組合の木下栄行さん、源流研究所の所長らで打ち合わせをした。来年度の事業で、自然再生推進関連の事業が具体化できれば、新しい局面を切り開いていくことが可能になる。様々な意見がだされ、小菅村あげてこの事業に取り組んでいくことが確認された。流域の市民の皆さんの力もかりながら、次の世代に価値ある資産を残していける事業を展開していきたいものだ。そのためには、環境関係の新しい動き・環境情報を的確・正確に収集して新しい動きに合致した斬新なしっかりした企画をどこよりも早く具体化していく必要がある。
 また、今年大きな反響を呼んだ緑のボランティアに関して、来年度の「森林再生プロジェクト」緑のボランティアの日程も検討し確認した。「源流大菩薩探訪の旅」や「源流体験教室」、「森林再生プロジェクト」のいずれも参加者の募集に泣かされることはなかった。募集しても参加者がないほど寂しいものはない。流域の市民の皆さんの協力のお陰で、どれも定員が一杯になっている。有り難いことである。これからも、参加者の一人一人を大切にしていきたい。

2003年9月23日(火)[16:42:09]  
 私には二人の娘がいるが、そのうちの次女が今年の秋、結婚する。寂しくもあり嬉しくもある。結婚式場で試食会が会ったので、東京港区の白金台に家内と一緒に出かける。楽しい試食会で会った。


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