文明の源流日記


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2004年4月26日(月)[14:49:22]  
24日(土)と25日(日)に、源流域の新緑の撮影・記録に出かけた。例年より1週間から10日ぐらい木々の芽吹きが早い。今、新緑は標高1100bから1200bまで登り詰めてきている。柳沢渓谷の河童淵、ザッコ淵周辺が美しくなりつつある。毎年思うのだが、春の新緑の季節の時は山に躍動感が溢れている。2、3日出張して現場を離れると、山肌の緑の衣装が刻々と変化して状況が一変しているときさえあるから、新緑の盛りを撮ろうと思ったらその場に毎日通わなければならないほどである。柳沢川のザッコ淵周辺は、ここ4日5日が勝負になる。藤下がり、ナメトロから原始村にとぶ。原始村の千本桜は葉桜になっているが、いま八重桜が満開である。初々しい緑と鮮やかな八重桜のコントラストと原始村の水車を取り込む。晴天よりも薄曇りの時の方がいい写真が撮れる時が多い。幸い天候に恵まれた。晴れたり曇ったり、薄曇りが射したりとなかなか変化に富んでいた。ここは仕上がりが楽しみである。ヤチグラの滝から清流苑にかけての右岸の山肌が徐々に雑木林に復活しつつある。杉林を切り倒して数年前丸裸になったところであるが、着実に雑木が茂りつつある。ここを逆光と眺めると若木の勢いがそのまま表現された新緑の楽園を垣間見ることができる。しかし、最も良かったのは、4日前でこの日は時を失っていた。
 青梅市の御岳渓谷は、観光客で溢れていた。この渓谷は、周辺を住宅街で囲まれていながら両岸が緑で覆われていて、しかも河原には大きな岩がごろごろしていて急流あり、早瀬有り、深み有り、浅瀬有りと変化に富んだ自然の景観を多く残しているところである。川沿いに設置された遊歩道を多くのハイカーが歩いていた。軍畑大橋、万世橋、雲仙橋、鳩ノ巣大橋、鳩ノ巣渓谷とまわり、橋の上からの新緑を楽しみ、絵になるところを写真にとる。
 今朝、7時過ぎに自宅を二人で出発する。大菩薩の登山口の入り口にあたる裂石の付近が新緑の盛りであり、柳沢峠に近づくにしだがい緑が薄くなる。標高から見ると多摩川源流沿いの方が新緑前線が高い位置まで延びている。源流の方はオイラン淵から落合までがいま新緑真っ盛りなので標高でおよそ200b近く早く登っている。
 源流研究所では、「源流まつり」のお茶会の準備に取りかかる。場所は、池之尻橋の上流の水路の横に決定した。人の流れからは、遠く離れているので「源流茶会」を楽しんでくれる人がどれだけいるか分からない。本当は、多くの人に「源流の水」で点てたお茶を味わってほしかったが、願いかなわず、ぽつんと離れた辺地で執り行うことになった。ただ大きな利点は、水路沿い・川沿いのロケーションが抜群に言いと言うこと。せせらぎの音を聞きながら、あるいは川の流れを楽しみながら「源流」のお茶をたしなむ。ざわざわしたむしむしした場所から離れていて、純粋に日本伝統のお茶を楽しむにはもってこいの場所であり、紅白の幕を張り大きな傘をたてて赤い絨毯を敷きしめた茶屋があるというまたとない場所に「源流茶屋」は建っているわけである。源流まつりの責任者の穣くんから是非絵になる茶屋を作りたいとのことであったので、今年はここに決まった。茶筅、茶杓、柄杓、懐紙、クロモジ、お菓子、抹茶などを揃えていかなければならない。
 今年度の運営委員会のまとめを中川徹君が進めており、大方まとまった。各運営委員からの発言はそれぞれ内容のある発言が多くこれからの源流研究所の運営に是非活かしていきたい。また、源流絵図奥多摩の写真の整理などを進めている。特に、源流一帯の写真の整理は、この3年間忙しさにかまけて進んでいなかったが、私の妻・中村真里ボランティアの援助を受けて徐々に進めていく方針である。今日は、2001年度、2002年度、2003年度にそれぞれ分類し、整理しやすく仕分けた。
 国土創発に関する調査・研究に取りかかっている。全国各地の町づくりの事例と理論と実践、そして何よりも大切な小菅村のこれまでの村づくりの歴史と特徴を掴み 小菅村のこれからの課題、政策、将来像を分かり易く描き出していくことが大切になっている。資料を収集し、関係の本を読んでいくことになる。夜は、立川市で「多摩川リバーミュウジアム」の総会が開かれる。

2004年4月23日(金)[15:49:09]  
朝8時30分から小菅村村長室で「国土創発調査」に関する打合せ会があった。廣瀬村長、降矢教育長、奥秋総務課長、舩木住民課長、青柳振興課長、佐藤室長、青柳万寿男さん、奥秋一俊さん、文明所長が出席。佐藤さんからこれまでの経緯を説明、文明所長が宮林先生と議論してきたこの事業の骨格を説明した。参加者から、国からこのような支援策を受けられることなど二度とないこと、小菅村、源流研究所が一体となって総力を挙げてこの事業に取り組もうとの意見が出され、教育長からは、小菅がこれからも元気に生きていけるという実績を示すことが何よりも大切、小菅で出来れば全国でも出来ることになるとの発言があり、廣瀬村長から国からこうした支援があることは凄いことである、大いに力を発揮していこうとのまとめが行われた。環境省での打ち合わせが5月11日に予定されており、それまでにこの事業の骨格を源流研究所でまとめることになった。

引き続き竜喰谷実踏調査の続きを紹介する。

イオドメ・ヒトドメ・リュウドメと続く

 ゆっくり引き返して、急な坂道を登るとチチブドウダンが咲き乱れていたが、ゆっくり観賞する暇はなかった。息を切らしながら、10分ほど登ると尾根のピークに辿り着いた。目指す二股まではもうすぐ。みんなを激励して急な坂を下り始める。下りで恐いのは、縦筋にのびた木の根であり、木の根はまことに滑りやすい。注意を言った矢先に雨宮さんが木の根を踏んで2bもずり落ちる。甘く見ていたと反省の弁しきり。遠巻きしてようやく下駄小屋の滝の上流にでる。周辺には、チチブドウダンの木が群生している。6月にはサラサトウダンはピンク色、チチブドウダンは濃い井赤紫の花を咲かせる。小さなナメ滝を二つ越えて、目的地の竜喰谷二股に到着した。入谷して、2時間30分。疲れてはいるが、足をくじくこともなく、全員が元気に辿り着いたことを喜び合う。竜喰谷の水をすくって、ガスで湯を沸かし、みそ汁とカップラーメンを作る。インスタントなのに、ここでは本物以上の味がする。竜喰谷の清流の味なのか。食事がすむと、森本さんが持参したコーヒーを湧かして飲む。一服して、左岸から流れ込む本流上流の魚止めの滝を目指す。30分の食事休憩で少し疲労が回復したらしくみんな足取りが軽かった。300b上流に両岸に苔むした岩を配置した見事なロケーションが現れる。しばし全員が見とれてしまう。しばらく進むと魚止めの滝に着いた。滝には大きな朽ちた巨木が斜めに寄りかかっている。滝の左岸を登り、上流を覗く。興味ある流れを垣間見る。石川さんが「覗くと新しい発見を求めてしまう。前へ前へときりがないよね。」とつぶやく。あの前方の曲がり門までいったら終わりと宣言して、100b位上流に進む。その場に立って、上流を眺めると、見事な無名滝が見える。深い森の奥に囂々と音を立てて流れる無名滝。この滝は真下の岩盤が固すぎたのか、滝壺を備えていない。激流はそのまま正面の岩をえぐり、絶え間なくしぶきを叩きつけている。滝よりも、枯れ木がここでは主役だよといわんばかりに枝を大きく左右に伸ばしている。写真を撮り続けている間に石川さんが右岸の割ればの沢をよじ登り、滝の上流に進む。暫く立っても帰ってこないので、雨宮さんが探しに行く。二人が帰ってこないので、私も迎えに行くと、スズタケが繁茂する滝の上流にまた見事な滝が流れていた。次から次に連続する滝に、圧倒される。4人とも口揃って、竜喰谷の奥深さに感激する。3つの連続した滝に話が及ぶ。魚止めの滝、人止めの滝、竜止めの滝と連続しているんだよねと語り合う。充実感と感動を共有した竜喰谷実踏調査を終えた。


2004年4月22日(木)[15:45:31]  
環境省の佐藤寿延(ひさのぶ)さんから国土創発調査に関する国土交通省国土計画局主管の募集が正式に開始されたとの知らせが届く。新しい地域再生を目指す自治体を国が後押しするプロジェクトの一つで地域からの提案、意欲、能力、受け皿、政策などを総合的に判断して実施事業が確定されるのであろう。予算規模が大きいので、どんな陣立てで行くのかがいよいよ問われることになる。
 宮林先生に相談するために東京農業大学に向かう。宮林先生は、大きなテーマとして「源流再生・流域社会形成事業」を掲げ、その元で森林再生、環境教育推進、文化や景観の復元、クリーンエネルギー、特産品開発販売、上下流連携などを総合的に実施していく構えを作ることが必要とのアドバイスがあった。
 午後4時からは、高橋裕ゼミが開かれ参加した。この日は、高橋先生が「新河相学」に関する有意義な講義が2時間行われた。そのなかで高橋先生は「河相とは、川の個性、川は変化するのが本性との認識に立つ」ことだとして、河川工事によって河相(川なり、河床)がどう変わるか、雨量と流出との関係、河床変動を長期に渡って調査することの重要性を指摘。また、2001年3月に行った講演で、河相を知ることは個々の川の生い立ち、経験、即ち治水史を知ることを通して個々の川の特性をとらえることであると「河相学」を規定したこと等を紹介、また台湾視察に関して、八田与一技師の大いなる業績、台湾の河川技術の発展などに触れながら今後「新河相学」を一層研究していきたいと締めくくられた。高橋先生を「新河相学堂長」として「新河相学」の研究を継続して進めていくことが確認された。また、6月には北海道に、7月には多摩川源流で河川ゼミを開いていくことが話し合われた。懇親会で、これから高橋ゼミの幹事役になった地域環境コンサルタントの丸井英一さんや長沢さん、常連の鍔山先生らと楽しい一時を過ごす。新しく原田さんや小池さんなど各地の人物に出合い今後一層交流を深めることになった。


2004年4月21日(水)[12:33:12]  
日本財団の助成を受けている「森林再生事業」を全国に広めていこうという話が持ち上がっている。スギやヒノキの人工林は、全国各地で手入れが行き届かず、水源涵養や保水などの森林の機能が低下している。これを健全な森林に再生しようというもので、小菅で進んでいる経験を全国に普及しょうという計画である。全国源流ネットワークのつながりを活かしてまず奈良県吉野川や三重県木津川、埼玉県荒川などに「森林再生小菅方式」を広めていきたい。
 第5回全国源流シンポジウムの案内チラシを作成する。今回のシンポジウムは、「日本人の心の源流求めて」をテーマに、第5回開催を記念して、首都東京で行い、都市生活者に対して源流域の価値や役割を広く周知、啓発すると共に、「源流は国民共有の財産である」との理解と共感を広め、源流域の環境保全や地域づくりへ貢献していくことが目的である。日時や場所、主催や共催などをまとめた試案を作成する。
 中川君は、小菅村役場の佐藤さんや小菅の湯の方々と、杉並区へ小菅の特産品の販売へ出かけた。杉並南郵便局の職員の方が、昨年の源流祭りの山伏の役をやられたようで、小菅村との関係が深まり、郵便局が地域の方々とフリーマーケットを開催した際、小菅村の特産品コーナーを設けてくれたとのこと。まんじゅう、ヤマメ、コンニャクや味噌などの物品がほとんど売れたという。まんじゅうは200個がどんどん売れて足りないくらいだったという。様々な交流を通して源流の村・小菅を大きく発信することが大切である。

2004年4月20日(火)[15:41:02]  
先週の4月15日と16日、毎日新聞と読売新聞が「森林再生事業」のボランティア募集の記事を掲載してくれた。朝日新聞もそれ以前に掲載してくれたので全国紙3紙が森林再生事業のボランティア募集を紹介してくれたことになる。お陰様で、緑のボランティアの方々の集まりも順調である。森林再生ボランティアが開始される5月はもちろんのこと、6月、7月、9月の分まで定員が埋まってきている。全国には手入れの届かない人工林が1000万f存在する。小菅村はその中のたった2000fに過ぎない。その中で緑のボランティアが間伐を実施している山林は5〜6fと僅かである。全国的に見ると本当にささやかな取り組みに過ぎないが、多摩川の流域の市民の力を借りて、流域全体で源流の森林を守るという新しい市民参加の森づくりへの挑戦として大きな意義がある。こうした流域の市民を巻き込んだ森林再生事業が全国各地で展開されるようになれば、大きな実績を上げることが可能になる。人工林を本来の人工林に育てていくこの取り組みは、非常に大切であるし、地球環境を保全することにも役に立つと思う。今年度も大いに力を入れていきたい。
 源流ファン倶楽部の会員の皆さんから、平成16年度の会費が郵便振り込みで送られてきている。この間会費を納入していただいた方は、157名に達している。会員には、「源流の四季」を送り、会費が届けば会費の領収書を送る際、温泉の割引券を同封している。小菅村に足を運んでいただきたいとの願いから、イベントの内容もいち早く伝えている。これまで、発送にダブリがあったり、会費の請求にもダブリがあったり、会費の請求忘れがあったりといろいろ不手際があったが、ファン倶楽部の事務局が出来たことで、運営事務はかなり改善されてきている。今一番の悩みは、ファン倶楽部の会員の皆さんにどんなサービスが提供できるかということである。会費が千円なので郵送費でその半分がとんでしまうので新しいサービスと言ってもなかなか難しいのであるが、何かいいサービスを考えていきたい。
 夕方から川崎市の「とどろき水辺の楽校」の総会に招待されていたので参加する。毎月百名を越える子ども達をあつめて、多くのボランティアの支えで活発な活動を続けているとどろき水辺の楽校は、たぶん日本で一番活発な水辺の楽校であろう。その中心が鈴木真智子さんである。彼女のバイタリティがものすごい。なんなで決めたことをぐいぐいと引っ張ってやり遂げていく。彼女についていく人達は、彼女の一生懸命の姿についつい引き込まれ抜けられなくなり、自分も一生懸命に働いてしまう。口がうまくて相手が誰であろうとばりばり仕事を言いつけてやらせてしまう不思議な力の持ち主である。夜の懇親会までお付き合いする。新しい多くの仲間が出来る。楽しい楽しい一時であった。

2004年4月19日(月)[11:01:31]  
先週金曜日に、宮林先生から電話が入り、第5回全国源流シンポジウムの基調講演の講師に関して、椎名誠さんを最有力候補として交渉中であり、本人は大変乗り気であること、外国の友人の来日の関係でもう少し考えさせてほしいとのことであるとの連絡が入る。椎名さんでまとまるといい。宮林先生は椎名さんで行けると思うとの判断を示されていた。
 TRM(多摩川リバーミュージアム)計画の今後のあり方や基本方向を議論する検討会と多摩川流域ネットワーク準備会が川崎市のせせらぎ館で開催された。、
 多摩川を管轄する京浜河川事務所は、河川環境整備事業の柱の一つとしてTRM(多摩川リバーミュージアム)計画を掲げ、多摩川の持つ価値を広く啓発していくため、多摩川水系全体を博物館としてとらえ、万人が多摩川の持つ価値を学習し、認識できるようにするための施策を進めている。豊かな自然を守るための生態系保全回復関連対策、きれいな水、安全な水を求める水環境関連対策、憩い、遊び、学べる川を目指す人と川のふれあい関連対策、多摩川のバリアフリーをめざす福祉関連対策、文化を育んだ川を調べる歴史・文化関連対策、河川環境保全対策などが講じられている。全国的にも先進的な取り組みが進む一方、関連事業が京浜河川事務所の直轄区間に限られているなどの限界や問題点も明らかになってきている。こうした問題点を克服し、今年度から、源流から河口までの流域全体を網羅したTRMが開始される。 
 多摩川流域ネットワーク準備会では、名称を「多摩川流域ネットワーク」とすること、略称はTB−NETとすることを確認、5月21日に設立集会をせせらぎ館で開催することを確認した。「源流から河口までの多摩川大好き人間集まれ!」を合い言葉に、多摩川に関心のある全ての市民団体・個人に広く呼びかけて流域連携組織を立ち上げていくことが確認された。これまでの多摩川流域懇談会と連携していた多摩川市民フォーラムを発展的に解消して、市民による市民のための多摩川流域ネットワークへ全てを集約していくことになった。最初からあれもこれもと無理をする必要はない。大切なことは、人と人の結びつきを強めることである。多摩川の歴史の新しいページが始まろうとしている。

2004年4月15日(木)[11:34:52]  
川崎市と神奈川県の「歩け歩けの会」の役員3名が下見にお見えになった。日帰りもしくは滞在型で「源流ウォーク」がコースとして適当かどうかの下見に来ていただいた。早速、所長と中川研究員、中村真里の3名が案内して、松姫峠から鶴寝山の富士見展望台、山沢入りのヌタ、棚倉、モロクボ平、小菅の湯を歩く。標高1250bから出発するブナとミズナラのコースは大変好評であったが、モロクボ平からの下りが足に負担が掛かるとのことで、高齢者の多い歩け歩けにはやや負担が多すぎるとのことであった。
 都会の歩け歩けは、出来るだけ長く歩くこと自体が目的とのことで、周囲の景観や温泉は目的に入らないのが一般的であるとのことで、この源流ウォークは記念イベント的な取り組みに組み込むことを提案したいとのことであった。どんな取り組みでも一つの自信作に仕上げていくことは、源流の場合一工夫も二工夫もいる。距離が遠いこと、時間が掛かること、費用が架かること、アップダウンがきついこと、体力がいること、ケガの心配があること等々一つ一つクリアしなければならないことがいっぱいある。歩いていてイワウチワの群生地に出くわした。丸い特徴的な葉にピンクのかわいらしい花が日当たりのいい場所に咲き誇っていた。カタクリ、ニリンソウ、イワウチワと小菅に花が群生している。黄色い山吹、赤紫のミツバツツジ、アズマイチゲ、タチツボスミレ、エイザンスミレなどなど山野草があちこちに顔を覗かせている。


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