文明の源流日記


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2004年8月26日(木)[23:51:21]  
広島市の水シンポジウムのパネラーに招待され、24日、25日、26日と広島に出向く。24日は太田川の源流資源調査に出かける。太田川の源流には、昭和28年に国の特別名勝の指定を受けた三段峡があり、島根の小田さんと友永さんに案内してもらいながら源流を歩く。長淵、姉妹滝、竜の口、赤滝、石樋、ぐるの瀬、天狗岩、黒淵、雌滝、雄滝、蛇杉、大淵、五郎堰、猿飛、二段滝そして三段滝と足早にまわった。実にダイナミックな流れと迫力ある岩の連続が目に飛び込んでくる。国が特別名勝に指定しただけのことはある。素晴らしいことは、国の名勝指定が早かったために、地域的な面的な広がりをもって全体の景観が保存されていることである。山、森、川の繋がりがそのまま残されていて、歩いていて気持ちがいい。それに引き替え、お土産やにある名勝案内のチラシの貧困さに驚いた。これだけのものを当たり前の天与の自然と思っているらしく、訪れる人達への配慮も感謝も足りない。もっともっと誠実な三段峡ファンが増えるといい。
 25日は、シンポジウム。第2分科会で、「人づくり・川に学ぶ」がテーマで、大阪府立大学生の宮内君、国土交通省の森本さん、島根山間地研究センターの藤山さん、恵先生、文明、太田川探検協会の藤野さんの6名がパネラーで、持ち場持ち場の報告を行った。
 今日は、中国・地域づくり交流会の浅野ジュンさんの案内で、太田川河川事務所の西牧所長、中国地方整備局の坂之井河川部長を表敬訪問する。今回の広島訪問では、浅野さんに大変お世話になった。浅野さんは、誰に対しても歯にものきせぬいい方でずばずばと言い放す。男顔負けの豪傑な生き方には、なにか惹かれることがある。

2004年8月23日(月)[23:37:51]  
いよいよ今年の夏も終わりに近づいた。柳沢峠周辺の風も日ごとに涼しさを増している。昼が温かくても朝・夕はぐっと冷えてくるのが源流域の特徴なのだ。この時期の平均気温は15度前後である。人間は、気温にとても敏感に出来ていて、人間の皮膚感覚から行けば、18度から22度ぐらいが熱くもなく寒くもない、快適な気温のようだ。一年中こんな快適な気温で過ごせたらいいのかといえば、そうでもない。熱いから寒さを求め、冷たいから暖かさを求めるのだろうし、なにより、四季の変化のない社会は考えられないのが、日本人であろう。特に自然の四季のうつろいは目を見張るものがある。春に木々は一斉に芽生え秋に落葉する。毎年毎年新しい衣をつけ生まれ変わる姿は、我々にも大きな影響を与えてきた。
 今日は、世田谷環境委員会の斉藤さんのチームが源流体験を行った。そのあと、京浜河川事務所の山口調整官が、国土創発調査の打ち合わせに小菅村役場にお見えになった。具体的に何をやるのかについて色々な案を出し合った。


2004年7月22日(日)[10:50:59]  
朝6時過ぎに起きて、まず、富士川源流・笛吹川の西沢渓谷を歩く。関東ではこの渓谷の素晴らしさは有名で、特に新緑と紅葉の時期は賑わいをみせる。前日の雨のせいでややいつもの水の青さに切れが足りなかったが、それでもその景観の素晴らしさを堪能しながら、七釜五段の滝の雄姿をカメラに納めて西沢渓谷を後にした。続いて、多摩川源流絵図奥多摩版の最終的な聞き取りを行った。峰谷川にいって、峰谷川釣り場の河村組合長に話を聞く。そこで、原島勝男さんを紹介された。89裁の原島さんから、峰谷川に関する話を色々聞く。雨降り滝、ナガトロ、カナミタケ、坊主淵などの由来を色々教えていただいた。その後、昔道に向かう。奥平通男さん、島崎重男さんから雨乞い場、円道淵、トコヤ淵、トロ等に関する興味ある話を聞いた。


2004年8月21日(土)[10:47:27]  
源流体験に中野区と稲城市から3団体入ってきた。日本財団の紹介の中野養護学校、稲城市青向陽台少年委員会と稲城第6小学校である。午前中に向陽台が、午後に中野養護学校と稲城6小がそれぞれ源流体験を行った。それぞれの団体のリーダーが頑張り屋さんで日本財団の黒沢さん、向陽台の佐藤さん、6小の中村先生の両方が自然体験に熱心であり、色々困難があるなか源流体験を企画していただいた。不思議と源流体験に訪れる子ども達は、リーダーの後ろ姿を見て育っているらしく、明るく元気なリーダーには明るく元気な子ども達がついている。どちらとも、元気な子ども達を相手にヒヤヒヤドキドキの源流体験を楽しく行うことが出来た。

 参加者のアンケートを紹介する。
□自然の素晴らしさ、すごさに触れて子ども達も楽しそうでした。次回も体験してみたい。

□水が大変きれいでした。浅く見えても深いことに驚きました。是非ともこうした取り組みを続けて、自然を大切にする気持ちを育んで行きたいです。

□川の冷たさと流れの強さが印象に残りました。思っていた以上に足下が不安定で、自分が渡りきるだけで、精一杯でした。始めはこんな所を渡るのかと驚きましたが、渡ってみると楽しかったです。下見と言うより、自分自身が楽しませていただきました。学校は神田川のすぐ側ですが、同じ川と思えない程、水がきれいで、冷たくて、さらに良い流れの音も聞こえ、こんな川に自分のクラスの生徒を連れて来れたらなあと思いました。もうすこし、緩やかな川渡りのコースがあれば安心して生徒を連れてこれると思います。」



2004年8月20日(金)[10:44:09]  
午前11時に菅原先生が国土地図の稲垣さんら3名を連れて源流研究所にお見えになった。最近の科学技術はめざましく、様々な情報を源流域の地図に落とし込むことが出来るという。林相に関して、天然林と人工林、傾斜の緩いところときついところ、巨樹や巨木、尾根や谷、沢など必要な情報を地図に落とすことが可能という。この地図をどんな目的に使うのか、どんな利用方法があるのかなどを検討し活用していくことが必要である。
 午後からは、全国源流シンポジウムのチラシやポスターを関係者に送付した。夜7時から川崎のせせらぎ館で多摩川流域ネットワークの運営委員会が開かれた。長島先生を始め、ほとんどの運営委員が出席し、今年度の事業計画を議論し、確認し、市民と行政とのパートナーシップを押し進める場である多摩川流域懇談会のメンバーを選出した。多摩川流域ネットもいよいよ動き始めた。


2004年8月19日(木)[02:48:11]  
 源流絵図奥多摩版の調査のまとめがいよいよ最終版を迎えている。絵図を描くてくれる多摩川源流観察会の石川副会長と一緒に奥多摩に出かける。奥多摩町全体を見渡せる場所を探して、まず月夜見駐車場にむかう。奥多摩湖が真下に見渡すことができ、鷹ノ巣、七ツ石、雲取り、飛竜の山々を一望することができた。その後、御嶽山にロープウェイで登る。丁度、レンゲショウマ祭りの最中で、平日にも関わらず大勢の山野草ファンが押し掛けていた。山頂から北側に位置する小倉山(標高920b)に向かう。多摩川の南側がずーと奥まで見通すことができ、三頭山(標高1527b)の背後に悠然とした大菩薩嶺が聳えていたのが印象的であった。
 午後は、先ず腹ごしらえをする。鳩ノ巣にある「山鳩」でランチを食べる。サラダも、お蕎麦も、ハヤシライスもそれぞれに工夫が凝らしてあり、石川さんは、「美味しい、美味しい」を連発していた。美味しい食べ物に出会うと心が豊かになるから不思議だ。ここでは、宮崎県出身の向原先生の絵画展も行っていて、丁度先生も居られたし、フォーラム森の木俣さんにもあった。
 「山鳩」から日原に向かう。奥多摩は広く、移動だけでも大変である。日原の鍾乳洞に入る。山口の秋吉台と比較するとその規模は小さいが変化に富んだ荒々しい景観は訪れる人を飽きさせない。奥多摩町全体を歩くことはできなかったが、最後に峰谷地区に向かう。東京で一番高いところに住んでいる地区である。至る所に空き家があり、過疎化が進行している姿が目に焼き付いた。この地に立つと寂れていく日本の源流域の未来を象徴しているように見えるが、本当は自然の豊かな水と空気の美味しい天国に晩年を過ごしたい日本人は沢山居るのになあ、と切ない思いに駆られた。

2004年8月18日(水)[02:45:17]  
小菅村村民を対象とした「源流体験教室」を実施する。これには、小菅村の村会議員全員と村民3名が参加した。小菅の村民だからといって特別のメニューを準備するのでなく、いつもの通り、流域からやってくる親子を対象としてやっている「源流体験」の内容を披露した。議員も一般の村民も小菅の自然の素晴らしさを再発見したと感動を交えて語っていた。特に、都会から小菅に移り住んだ住民は、「源流には命が溢れている。命の溢れる源流を歩くことができて、涙が止まらなかった」との感想を寄せていた。午後、5時から東京農業大学で「国土創発調査」に関する打合せが行われた。宮林先生、菅原先生、山道さん、文明の4名で「源流再生・流域単位の国土の管理と保全に関する調査」にかんして、どんな内容の調査が大切なのか、全体をマネージメントするにはどんな手法がいるのかなどを熱心に話し合い、大きな方向性を確認した。



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