文明の源流日記


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2004年10月23日(土)[11:13:46]  
二日目は、水干に向かう。朝8時35分に作場平を出発する。小菅村から青柳課長と奥さん、一俊さん、商工会の亀井雄次さんが参加する。ヤブ坂コースを登りヤブ坂の頭から笠取小屋、小さな分水嶺を経て水干に11時ごろ到着する。今年は台風が繰り返し襲来していたので、さぞかし最初の一滴は存分に楽しめるだろうと予測していたが、5〜6秒に一滴がポタリポタリといったところだった。
 なぜこんなに一滴が少ないのかその理由はわからないが、ポタリが目撃できたことは良かった。そのあと、笠取山の山頂を目指す。真っ青な青空をバックにした笠取の急な上り坂を息を切らしながら登り詰める。山頂からの眺めは素晴らしく苦しい思いをして登ってきて良かったと思った。山頂の風は冷たくもう冬はすぐそこであることを教えていた。年輩の参加者も多かったがみんな元気に登った。笠取小屋で川崎市の御前さん、瀧田局長らにあい固い握手を交わす。それから上田さん、桜岡さんらにも会う。紅葉の時期なので行楽客も多かった。帰りのコースは、一休坂を通るが、ここの紅葉がこれまでで最高の鮮やかさだった。今年は良く雨が降り、快晴の日も多くこの間、急に気温も下がったからであろう。言葉に出来ないほどの錦秋を堪能できた。参加者への最高のプレゼントになった。

参加者のアンケートを紹介する。
□ 「散策ではかわいい山ぐりを拾ったり豊かな気持ちになりました。一休坂のコースの紅葉のみごとなこと感謝感謝。過疎化が進んでいるとの事ですがもっと多くの方にきていただき素晴らしい村であることをおおいに宣伝して欲しい。なかなか村の情報が入りにくいので残念です。ご一考をお願いします。」

□ ブナの紅葉の最高の日に散策できて幸運。水干の源流感動です。長い間に多摩川はたくさんの人の思いがあって今続いているのをひしひしと感じました。二日目の源流に参加でき、心豊かになった旅でした。中川徹さんという若い青年を頼もしく思いまた役場の人のご配慮にうれしゅうございました。

2004年10月22日(金)[10:49:14]  
 秋の「源流・水干探訪の旅」の日がやってきた。一日目は、奥多摩駅から亀井屋旅館に直行して昼食に煮込みうどんを頂く。おかずとして里芋の煮付けが添えられていて美味しかった。自己紹介の後、足慣らしに松姫峠から鶴根山周辺を散策する。今山梨県森林環境部が地元の意向を踏まえて景観伐採を進めてくれている。松姫峠の駐車場が随分明るくなった。鶴根山からは、富士山が綺麗に見えた。頂上付近のブナの巨木に参加者は歓声を上げていた。驚いたことは、散策コース全体に山クリがたくさん落ちていたことである。その量たるやまことにすざましく山の幸の豊かさをみんなが実感した。山クリは小粒だがうまさが濃縮されている。何人もポケットにクリを一杯拾っていた。夜の懇親会では写真を何枚か持参して説明した。地元の料理と参加者の暖かさが懇親会を盛り上げた。

2004年10月20日(水)[11:10:12]  
今日は山梨県庁で「第3回山梨県水戦略会議・交流 協働ワーキンググループ」が県民会館で開かれた。山梨県森林環境部が山梨における水に関する施策や事業の総合的な指針になる水・基本方針の作成に取り組んでおり、そのための会議であった。山梨県は、森林県・水源県として水に関して高いポテンシャルを有する県として、今後の政策展開の目標を「森の国・水の国やまなし」の確立わ掲げ、豊かな水の創造と健全な水循環の確保など5つの基本方針を検討していて、その内容の審議を行った。
 意見を求められたので、地球環境問題に国民が大きな関心を持ち、自らも環境を守ろうと行動する人が増えるなど意識が大きく変化していること、全国的にも水源環境税など水資源・森林資源を守ろうとする動きがダイナミックに進んでいること、故郷学習のための副読本「森の国・水の国やまなし」物語を是非作成して欲しいこと、郷土に対する誇りと自信を学んで欲しいこと、環境を保全する上で流域の視点が今後ますます大切になることなどを要望した。 
 今我々が取り組んでいる「源流再生・流域単位の国土の保全と管理」の課題と関係する部門も多く大いに勉強になった。台風がまたまた日本に上陸した。今年これで10個目だそうで上陸の新しい記録を作っていてその記録を更新中だという。

2004年10月19日(火)[10:38:46]  
今年度の多摩川源流協議会の事業は、広がりつつある鹿の食害の実態調査であるので、源流協議会の事務局として早速準備調査に入る。朝7時に自宅を出発し、奥多摩町に向かう。先日奥多摩町の方から聞いた食害のひどい場所の一つである川苔谷逆沢の上流に向かう。台風23号の影響でかなりの雨が降っている。鳩ノ巣駅近くを通る西川沿いの林道をのぼり始める。林道の終点から、オオダワ方面に登るわけであるが、初めてのコースであることから不安が残る。途中で大きなニホンジカが我々の前方を横切れ、谷の下の方に下っていった。また、近くから鹿の鳴き声が頻繁に聞こえ、鹿がかなりたくさん居ることを教えてくれた。1時間ほど登ると無事にオオダワについた。
 現場について驚いた。そこは、ヒノキかスギを皆伐した後であったが、見るも無惨な姿をさらけ出していた。食害により下草、低木などが鹿に食い尽くされ地表が丸裸にされるとどんな運命が待ち受けているのかをまざまざと示していた。スギやヒノキを伐採した後に植採したらしいがそれも全て食べられ、苗が枯れたとのことである。食害にあって裸地化されると、雨が降るたびに表土が流され、何本もの水道ができていていかにも荒廃地そのものの雰囲気を作りだしていた。雨の時に幾筋もの流れが下流で合流する地点は大きな陥没と崩壊がみられ、表土の流出と山の崩壊の凄さを示していた。台風の雨のため、その現場より上流の観察は控えたが、これは一刻も放置できない事態だと痛感した。

2004年10月18日(月)[13:50:11]  
 朝の気温がぐっと冷えて柳沢峠付近では4度になってきた。涼しさをとおり過ぎて寒くなってきたし、紅葉も彩りが鮮やかになりつつある。先週までは熱いと思っていたら、今週は寒くなると言うこの変化の早さは驚きものである。トチノキの葉は落ちて栗の木の葉は色が変わり、楓の葉は一日ごとに紅葉が進んでいく。あらゆるものが一日とも踏みとどまることをしない日々刻々たる変化の最中にある。
 源流研究所では、源流協議会の負担金の請求事務や「鹿の食害の実態調査と裸地化対策」検討会の開催案内作成と、会員への送付に追われる。途中電話がドンドンかかり、川崎市から水辺の楽校の佐々木梅吉校長がひっこり訪問され、楽しい一時を過ごすなどあわただしい時間が流れる。

2004年10月17日(日)[13:36:59]  
 森林再生プロジェクト2日目。今川森林団地で林道の上と下に分かれて森林組合のインストラクターの支援のもと間伐事業が進められた。間伐の仕上げに向けて、参加者と指導者の合同の選木作業を行いそれに基づく間伐が実施され、森は一層整備され明るい日差しが差し込んできた。
 また、地元の木下景利さんの指導によるチェンソーを使った間伐作業が、木下さん所有の山で実施された。チェンソーによる間伐は初めてのことで、講習で身につけた技術を実際に試すときが来た。しかし、一旦怪我に見舞われると取り返しのつかない事故になることから、怪我をしないよう綿密な作業工程と技術指導が行われた後、一人一人がチェンソーによる間伐の体験を行った。受け口と追い口をいれるとヒノキの大きな木が大きな音を立てて落ちていき、地面に落下する時の地響きのすごさに参加者は驚いていた。倒木に直撃されたらひとたまりもない訳で、その怖さがしみじみ伝わってきた。実際にやってみると間伐体験を超えた林業体験の充実感を味わうことができて大変有意義であった。

2004年10月16日(土)[13:17:26]  
第5回森林再生プロジェクト・緑のボランティア事業を今日と明日実施する。今回は、昨年から開始した森林再生事業も早いもので11回目をかぞえいよいよモデル林の仕上げに入りつつあり、目的意識が明確な取り組みとなった。あわせて今年9月に行ったチェンソー講習会受講者によるステップアップ教室、さらに今川峠に通じる森林団地の林相調査もあわせて実施した。午前中の開会式では、廣瀬村長が挨拶し、参加者に感謝と激励の言葉を贈り、参加者から大きな拍手を受けた。続いて所長が「森林再生事業のねらい」を、菅原先生が「間伐事業の意味と進め方について」話したが、菅原先生の話は分かりやすくためになり、大いに勉強になった。素晴らしい天気に恵まれ、参加者も間伐作業でいい汗をかいていた。


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