文明の源流日記


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2004年12月2日(木)[10:31:53]  
 「源流の四季」の原稿の締切が近づいている。今回は、新春特別号で海野所長との対談のまとめが大変である。源流絵図奥多摩版の完成、森林再生事業、国土創発研修会の開催、源流探訪の旅、全国源流シンポジウムなどの記事をまとめていく。
 

2004年12月1日(水)[10:28:45]  
 多摩川源流をどのように再生していくか。特に源流と中下流との交流人口を拡大していく道を探していかなければならない。源流の豊かな資源を活用して様々なアイデアを出しあって、源流に行けば楽しい、源流に行けば元気になれるという源流の村を作ることだろう。源流の生活や暮らしは慎ましいが、やり甲斐と生き甲斐に満ちている。自分の持ち味を活かしていけるし、自分の限界に挑戦できる。健康でやり甲斐のある源流ライフを楽しんでいくことであろう。
 上下流連携の市民側の組織・多摩川流域ネットワークの総会が川崎市のせせらぎ館で開催された。会員、33名のほとんどが委任状を含め参加した。長島代表が、多摩川流域ネットが形成されるに至った経過やその後の活動の特徴を分かり易く説明し、より一層この活動に確信を持って取り組むことを確認した。

2004年11月30日(火)[05:00:24]  
東京で国土創発調査の打合せ会議行われた。内容は次の通りである。

国土施策創発調査全打ち合わせメモ
  2004年11月30日
  経済産業省別館
(1)はじめに

 国土施策創発調査打ち合わせが11月30日、千代田区霞が関の経済産業省別館で行われた。
 
(2)当日の打ち合わせの内容について
 
1)法政大学の源流景観再生調査
  □景観委員会及び景観ワークショップ
本調査では、景観委員会と景観ワークショップの二つの次元で検討を行う。
□景観ワークショップ  構成は住民、役場、源流ファンクラブ、法政大エコ研
□景観委員会 構成は住民代表、村長、学識経験者、広域行政機関

2)河川局からの提案 
  □上下流連携促進のための普及啓発支援ツールの検討
□源流再生プロジェクト
・上下流連携  多摩川流域も視野に入れ、上下流交流促進をめざした人材育成を図るため、源流域で実施している活動や指導者育成などの事例を収集・整理し流域情報交流ネットを検討する。
・河川環境調査  源流域において、源流再生モデル構築を目的に、源流域に              関する資料を収集し、環境定量評価手法を用いて源流域に              おける河川再生モデル計画を策定する。
3)環境省の調査について
 環境省からは関係する調査業務内容に関して、源流の自然環境に関する調査は、プロポーザル発注にかけ、今その手続きが進行していることなどが報告された。

4)12月10日の源流再生プロジェクト打合せ議事
  環境省、林野庁、河川局、小菅村などからの現状報告

5)今後の日程について
     ・国土施策創発調査打ち合わせ・全国源流の郷協議会
・2005年3月16日から17日     16日時   開会

2004年11月29日(月)[04:57:54]  
源流協議会の第2回検討会が開催された。菅原先生、堀越さん、原島さん、北山さんの各委員が参加した。事務局から所長、中川研究員、中村真里研究所お手伝いが参加する。菅原先生の案内で、農業大学周辺の鹿の食害を見て回る。原島さんが鹿対策に取り組んでいるフィールドでは、裸地化された場所で一番大切なことは、母樹を育てることであるとの指摘を受け、その実践現場を視察する。少なくとも母樹が生きていれば将来に森に復活させる道が開けるとのことであった。農業大学の演習場では鹿対策のフェンスを施したところでは、草が繁茂しその外側では、下草がない場所を確認する。鹿の食欲は相当なもので、起きているときはほとんど食べているという。その後の検討会では、期間も体制も予算も少ない中、最低限、継続的な観察と裸地化対策の提言を続けていくことの大切さを確認し会った。

2004年11月26日(金)[04:38:30]  
府中市で行われた多摩川リバーミュージアム検討協議会総会に出席する。いよいよこれからというのに、12名の物足りない総会であった。これからの多摩川の活動を担うダイナミックな活動に発展するよういくつかの提言をした。

2004年11月24日(水)[04:34:24]  
大淀川では、待網(アバ)という伝統漁法が受け継がれている。私の実家は河口から15`上流にあるが、この辺りの川幅は50bから60bである。ここに伝統漁法であるアバが仕掛けられている。広い河川の比較的浅い場所に梁を張り、その川の真ん中に小屋を建てて、小屋の両側に魚道を設け、産卵のため海に下るスズキを大きな網で捕るのである。孝兄と兄の友人の3名でアバにでかけたが、この日、信じられないことが起こったのである。今年は台風が何回もきたために、これまで梁が何度も流され、しかも一匹もスズキが網にかからなかった。アバの会員は、今年は台風でスズキも海に下ったのだろうと少しやる気を削がれていたという。ところが、今年初めてのスズキが、私の網にかかったのである。しかも3キロもある大物スズキだった。カンヨマに確かな手応えが来る。ゴツと何か大きな獲物が網に入ってきたという感触を右手が感じた。「きたー」「はいった」と叫びながら網を大きく持ち上げると大きなスズキが網野中で暴れていた。孝兄が私以上に喜んで「入った、入った」と大喜びであった。すぐ隣の友人に、「弟の網に、おおものが入った田よー」と大声で知らせる。従兄弟の憲ちゃんに知らせるとすぐに帰って食べた方が何倍も美味しいとの忠告を受け入れ、すぐに孝兄の料理店に帰る。息子の英ボウが腕によりをかけてスズキを料理してくれた。刺身にして食べたがこれが実に美味かった。   

2004年11月23日(火)[04:30:35]  
 姪の結婚式に出席する。両人の人柄がにじみ出た爽やかで明るく素晴らしい結婚式であった。田村仁君、有沢由紀ちゃん、幸せな家庭を築いてください。


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