文明の源流日記


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2006年2月28日(火)[01:40:19]  
 吉野川源流絵図の初稿を持って川上村の源流館で尾上君、木村君、林田さんたちと打ち合わせを行った。いよいよ源流絵図が完成する。本沢川、三之公川、北股川の縁、滝、尾根、谷の名前とその由来を丁寧にたどっていった。特に吉野林業の歴史が辿れたのは最大の収穫であった。夕方は、中平寛司さんと最終的な確認を行った。本当に寛ちゃんにはお世話になった。

2006年2月27日(月)[01:37:40]  
 渋谷の電力館で開催される東京電力主催の多摩川源流写真展の会場を、小菅村の木材を使ってデザインする計画が着々進んでいる。この日も神谷博さんが小菅に打ち合わせにこられ、大工の船木加章さんと相談された。帰りに上野原で神谷さんとご飯を一緒に食べた。神谷さんは源流で仕事ができてうれしい。自分の活躍の場ができたことで生き生きとされていた。一緒に源流の木材資源を活用するプロジェクトを進めていこうと意気投合した。そのあと奈良県の天川村、川上村に向けて山梨を真里さんと一緒に出発し、長野県飯田市

2006年2月26日(日)[01:33:50]  
 地元の地区の組長の仕事もあとわずかになってきた。組長の仕事はいろいろあって結構忙しい。一番の仕事は、お葬式の時で、施主と相談して葬式を仕切ることになる。今日は消防の詰め所で組長会議が行われ来年度の消防の予算が決まり組では、一軒15,000円負担することが決まった。一軒一軒まわって負担金を集めることになる。


2006年2月24日(金)[01:31:01]  
 東京電力と協力して実施する森林再生プロジェクトのチラシづくりを進める。これまでと視点を変えて、いかに源流の森林資源を活かした村づくりを進めていくかがテーマになっている。そのために、古道再生を視野に入れて資源調査を行うことになる。3月の全国源流の郷幹事会の準備をやる。当日には、幹事会の冒頭に文明の話題提供が予定されている。今全国の源流の動きはどうなっているのかを簡単に報告し情報の共有を図ることがその目的である。

2006年2月23日(木)[13:32:25]  
 柳沢峠に少し積もっていた雪もこの間の暖かさでドンドン解けている。道一杯に雪解け水が流れている個所もある。これが乾燥しないうちに朝の冷え込みで凍結すると大変怖い。今度の週末にまた雪が来るといっているので3月半ばまでは、緩んだり寒くなったりの繰り返しが続くことになる。10時過ぎに、舩木加章さんに挨拶にいく。小菅一番の大工さんであり、これからの小菅の木ブランド化をはじめ様々な取り組みのキーパーソンの一人になる方。大変物腰の柔らかい方で良かった。家も見学させていただいた。そのあと、菅原先生と役場で青柳課長、一俊さん、所長、徹くん交えて森林プロジェクトの件で意見交換した。

2006年2月22日(水)[13:19:28]  
 3月16日から始まる渋谷区東京電力館の源流写真展会場のデザイン担当の神谷博さんの指導で、地元の山水館の山から粗朶を選び、幸一さんに切ってもらった。ソロの木、ミズナラ、カエデ、リョウブ、イヌブナ、サルスベリなどを選んで切って山で乾燥させることになった。続いて、小菅の木でパネルの台をつくることになり、木下大吉さんの山を見に行った。大吉さんは、自分の山で育てた木で自分の家を建てようとしている。今取り組んでいる源流の木で家を建てる取り組みのモデルが現地で実施されるよい見本になる。この取り組みを系統的に取材したい。その後、森林再生プロジェクトの打ち合わせを湯野さん、笛木さん、青柳課長、一俊さん、所長、徹くんで行った。

2006年2月21日(火)[14:42:49]  
 ざぶん賞実行委員会から原稿1200字を依頼され、締め切りが17日であった。土曜日、日曜日と様々な本を読みいろいろ構想を練って今日書き上げた。結局自分の実際取り組んでいる源流の価値と可能性の探求−源流絵図の作成と意味にかんする内容に落ち着いた。確信持って伝えられるものこそ尊いと思い、身の丈にあった原稿になった。午後から大月で、県の大月林務の柘植さんの案内で神谷さん、矢野さん、笛木さん、江鳩さんと合流して甲斐東部木材の製材所、乾燥機、プレカット工場などを視察、新月伐採の実践者・河野東さんの話を聞いて参考になった。江鳩さんから、「先日お会いした落合さんから真緒ちゅんによろしくといっていました」との知らせに思わずにっこり。「真緒ちゃんは今日も元気」と北池袋からメールが届いた。


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