文明の源流日記


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2006年5月30日(火)[13:16:35]  
 早稲田大学の先生達との源流通貨の検討会があり参加した。吉田先生、長井先生達の取り組みの経過と今後の課題を議論した。どう定着させるか、どう展開するか、どんなモデル事業がいいのかなど様々な角度から検討された。朝日新聞の甲府支局の南日記者からマリオンという情報発信欄「こんみちは」で源流研究所を紹介したいと取材の申し込みがあり、源流研究所の設立の目的、活動内容、活動の特徴、活動のポイント、今後の課題など色々熱心に取材された。


2006年5月29日(月)[13:14:11]  
源流塾と源流百年の森づくりのまとめを行う。特に源流学講座では、「水と文化」をテーマに作家の丹治富美子先生の講演を詳しくまとめた。、
 丹治先生は、群馬県で行われた国民文化祭で水の神様をテーマにしたオペラ「みづち」を上演したことに触れ、「みづちとは水の精を表すもので水に困った下流に住む若者がその原因を探すために川の源流を訪ねる物語で、水の大切さを訴えている。自然を見ること、自然の声を聞くこと、自然をありのままに感じることを体感してほしいと願っている」と人間の感性を磨いていくことが何よりも大切と語りかけ、「山桜 散りいそぐ枝に 鳥のきて 悲しみてなく」という詩を紹介した。丹治先生の話はこの源流塾の根元を示唆するハイレベルの内容で大変励まされた。 


2001年5月28日(日)[14:16:16]  
 源流塾二日目は、牛ノ寝通りの松鶴のブナの周辺の林相調査を実施し、母樹としての保存を図るための基礎データを収集した。早朝、大雨でしかも雷が鳴り、林相調査は取りやめかと思っていたら、8時40分ごろから急速に天候が変わり、雷に変わって青空が顔をのぞかせ始めた。松鶴のフナの周辺に近づけないまま源流塾を終えるのはどうしても納得がいかなかったが、天の利を得た。現場では、中村所長が「このブナを何故松鶴のブナと呼ぶのか」とその背景と由来を紹介、続いて樹木医の笛木裕二さんが松鶴のブナの健康診断のポイントを紹介。笛木樹木医は、木の樹勢、木の樹形、葉の量と大きさ、枝先の具合、幹の損傷の程度などを総合的に診察して松鶴のブナが健康であると診断した。
 林相調査の指導に当たった菅原先生が、全木調査の方法と要領を分かりやすく解説。参加者は四班に分かれて松鶴のブナの周辺を詳しく調査した。調査によって母樹として保存するためには、ブナの根を傷つけない方策が必要なこと、枝に添え木がいることなどがわかった。

2006年5月27日(土)[14:02:25]  
源流の自然と文化に感動!源流塾を開催

 源流古道に隠された「森・人・暮らし」を繋ぐ知恵や巨樹や草木に秘められた歴史や文化を紐解き、「源流の木」の魅力を発掘し、荒れた古道を整備することにより、森と共に生きる道筋を探る「源流塾・多摩川源流百年の森づくり」が、五月二十七、八の二日間の日程で開催された。第一回源流塾には一七名が参加し、牛ノ寝通りの松鶴のブナの周辺の林相調査を実施し母樹としての保存を図るビジョンを協議するとともに、源流の価値と可能性を探求する第一歩を踏み出した。
 当日は、檜垣さん、土岐さん、島田さん、糸井さん、富田さん、酒井さん、佐藤さんなど源流ファンクラブの会員や緑のボランティアの参加者が大勢参加した。
 小菅村役場の会議室で行われた源流塾の開校式では、小菅村の廣瀬文夫村長が「多摩川源流自然再生協議会を中心に、今年から源流・百年の森づくりが開
始された。この取り組みを推進する仕組みの一つが源流塾である。みなさんの理解と協力で新しい小菅村の歴史を切り開いていきたい」と歓迎の挨拶を行った。続いて、東京電力環境部の矢野康明マネジャーが、「暮らしと森の関わりを復活し、森林の持続的な保全を図る取り組みをみなさんと一緒に創造していきたい」と源流塾の共催者の立場から挨拶した。
 源流学講座では、「源流・百年の森づくり」をテーマに東京農業大学の菅原泉助教授が、「水循環と源流」をテーマに法政大学の神谷博講師が、「水と文化」をテーマに作家の丹治富美子先生が、「日本人の自然観と源流」をテーマに源流研究所の中村文明所長が、それぞれ講義した。 

2006年5月26日(金)[11:12:15]  
「小菅村・源流百年の森づくり」説明会開催

 森林資源の循環利用と保全による持続的な森林経営を目指した「多摩川源流百年の森づくり」を本格的に推進するため、五月二十六日、小菅村役場で地元の山主さんや森林組合員など林業関係者を対象にした「小菅・源流百年の森づくり」説明会が、小菅村や多摩川自然再生協議会等の主催で開催された。説明会には、七十名を超える関係者が参加し、小菅村の新しい森林再生に向けて理解を深め決意を固めあった。

大東京を支える小菅村の森林再生

 挨拶に立った廣瀬文夫小菅村長は、「源流研究所で三年間緑のボランティアによる森林再生プロジェクトを実施してきたが、今年度から多摩川源流自然再生協議会を中心に新しい森林再生、源流百年の森づくりに取りかかる。小菅村の森に眠る森林資源に光を当ててその活用と循環による森林再生を進めたい。この取り組みを成功させるためには、林業関係者の理解と協力が欠かせない。東京電力環境部のご支援には心から感謝したい」と激励の言葉を述べた。
 続いて加藤亀吉北都留森林組合長が「小菅で育った百年の木がある。どう有効に使って価値ある山に育てていくか。専門家の先生方の力と知恵をお借りしていい森にしていきたい」と挨拶した。

時の利地の利を生かそう

 多摩川源流自然再生協議会の宮林茂幸会長は、「日本の森林は大変厳しい現状にあるまた広域合併が強力に進められているが、明治、昭和の合併は機能を重視した合理的なものだったが、平成の合併は上からの強制的なものになっている。全国の源流域が疲弊しているが、日本の国土の七割が森林であり、山や森を誰が守ってきたのか。森林の公益的な機能と役割が再認識されているなか、大東京を支える小菅村の森林再生・源流百年の森づくりは世界の流れにヒットしている。源流の地力は非常にいい。巨木の森がある。水源の森として適している。今スギやヒノキの間伐を進め八十年生に持って行こう。大きな木がたくさんある森に変えていくことが大切である。みなさんと協働で一緒に取り組みたい。時の利地の利を生かした運動を自信を持って展開しよう」と参加者に源流百年の森づくり構想を語りかけ、大きな感銘を与えた。

2006年5月25日(木)[02:02:00]  
 「多摩川と人々との距離をもっともっと近くしたい」こうした願いを叶えるために、京浜河川事務所のホームページに多摩川デジタル写真館を設置したらどうかというプランがある。TRM懇談会(多摩川流域リバーミュウジアム)で議論したものを企画書にまとめ多摩川デジタル写真館設置の趣旨として書き上げた。

(1)多摩川デジタル写真館設置の趣旨

 広い河川敷と美しい自然に恵まれた多摩川は、人々に愛され、四季を通した憩いの場として親しまれているが、その源は遙か秩父多摩甲斐国立公園の山梨県甲州市塩山一ノ瀬高橋に所在する笠取山水干に最初の一滴を印す。山々から無数の沢を集め谷をかけ下り、岩を砕き大地を刻み水量を増やし川幅を広げて流れ下だった多摩川は、水干沢、一ノ瀬川本谷、一ノ瀬川、丹波川、多摩川と呼ばれ、田んぼや畑を潤し、人々の暮らしを支えながら138キロを旅して東京湾にたどり着く。源流、上流、中流、下流に広がる豊かな自然と優れた河川景観は、流域市民共有の宝であり財産である。
 こうした多摩川の価値と魅力を流域市民共有の意識にまで高め、共に手を取り合って多摩川を守り育ていく流れを作っていくためには、市民と多摩川の距離をもっと近くすることが大切である。多摩川に親しむきっかけを作ることができれば、多くの市民は多摩川に触れることで多摩川ファンに変わるであろう。こうした取組の一助として試験的に映像による「多摩川デジタル写真館」(多摩川流域リバーミュウジアム事業の一環として)を京浜河川事務所のホームページに設置する。 
(2)多摩川デジタル写真館の内容     多摩川50景の普及と周知
 まず多摩川の定期観察・定点観察を開始する。対象地は、多摩川50景から出発する。この取組を通して、「多摩川100景」運動と多摩川博士養成を将来的に展望する。何よりも学校と家庭と地域と職場でいつどもどこでも多摩川の今の姿に親しまれ、多摩川へ足を向けたくなるような環境づくりに発展させていくことが大切であろう。
 多摩川八景と多摩川景は、次の通り。(多摩川八景は「あなたが選ぶ多摩川八景」に寄せられた投票を参考に、昭和59年4月多摩川八景選定委員会が選んだもの。)

 今日は午後から川崎市のせせらぎ館で多摩川流域懇談会が開催された。市民側から、長島先生、安元さん、鈴木さん、文明が出席し、行政側から京浜河川事務所の山田副所長、藤田調査課長、斉田環境課長等が出席した。東京都、川崎市も同席した。6月24日に太田区民会館で行われる第22回多摩川流域セミナーの内容とスケジュール、役割分担を協議した。私は当日の総合司会を仰せつかった。皆さん参加してください。詳しくは、044−900−8386の鈴木真智子さんまで。

2006年5月24日(水)[03:15:36]  
 午前中は、立川市で読売新聞の「多摩さくら百年物語」の総会に呼ばれたので出席する。森林再生など活動の輪を一層広げ、社会貢献する方向が決まった。映画監督の斉藤先生はじめ石井前支局長、事務局の小柳さん、勅使河原さんなどに会い歓談する。西野支局長は異動になった。新しい支局長と挨拶を交わした。
 午後からは、毎日新聞の冨所記者の取材を受けた。源流研究所の活動、森林再生プロジェクトの内容と経過、源流百年の森作りの内容、緑のボランティアによる森林再生プロジェクトと百年の森づくりの違いなど様々な質問を受けた。以前、毎日新聞の谷記者さんが源流体験を取材し、河川環境管理財団のパンフに紹介していただいたことや毎日子供新聞の一面トップ記事で紹介されたことなど話した。2時間たっぷり取材された。


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