文明の源流日記


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2006年7月30日(日)[09:14:18]  
 徹君がとどろき水辺の楽校を担当して、所長が川崎水辺の楽校につく。川崎水辺の楽校は、長作の御鷹神社の川でますのつかみどり。鶴川の源流にますを放流しそれを子供たちが捕まえるわけである。佐々木梅吉校長はますのつかみ取りにこっていて、100匹のますを一匹も取り逃がさない装置を開発し、準備万端といったところ。「昨年は95匹捕まえた今年は96匹だ」と子供たちにハッパをかけてますのつかりどりを開始した。冷たい水もなんのその、子供たちはジャブジャブとますを追いかけて掴み取り。上手な子供は6匹7匹と捕獲する。約2時間の奮闘で93匹をつかみあげた。お昼に塩焼きのますがおかずで振る舞われた。塩焼きのますを2匹3匹と食べる子供もいた。スイカ割りを楽しんでから川崎へ帰っていった。真智子さん、梅吉さんありがとう。来年もよろしく。


2006年7月29日(土)[08:33:52]  
 川崎水辺の楽校ととどろき水辺の楽校が総勢95名が源流体験にやってきた。川崎水辺の楽校の佐々木梅吉校長やみさきさん、本木さん、足立さんなど常連が笠取山に向かう。とどろき水辺の楽校の鈴木真智子さん、河村さん、遠藤さん、深沢さん、京浜の森所長などは二班に分かれて虫取りと源流体験に向かう。水量はやや多目で一年生にはかなりの負担になっていたので、いつもの人間の壁を創り、どんどん源流を歩いていった。源流に触れて心の扉が開き子供たちの瞳は輝いていた。とても元気な子供たちで、水温は低かったがどぼんどぼんと源流に飛びこんだ。夜は、双方合同で交流会。森林公園キャンプ場のバーベキューは、真智子さんの大判振る舞いで美味しいお肉をみんなが腹一杯食べていた。初参加者の柴崎さんが、「こんなすばらしい体験は初めて。来年も必ずきます」と興奮気味に話していたのが印象的であった。


2006年7月28日(金)[08:20:51]  
 世田谷区の名谷さんグループが源流体験。まだ梅雨が明けず、曇りがちで気温が少し低いのが気がかりであったが、子供たちは大変元気で総勢40名近くで雄滝に向かう。障害者の方もおられたのでみんなが安心していけるコースを選択する。車椅子のかたは、入り口に車椅子を於いてサポートしてもらいながら滝へと向かう。途中で水の中に入り源流体感。冷たい冷たいと明るい声が谷に響いた。全員無事に源流体験を終える。みんな元気な顔で帰っていった。

2006年7月27日(木)[10:41:56]  
 多摩川デジタル写真館の源流バージョンの取材と泉水谷大黒茂谷実踏調査に入る。多摩川デジタル写真館源流域関係では、一ノ瀬渓谷、丹波渓谷、小菅村白糸の滝のうち、一ノ瀬渓谷の竜喰出合滝、石楠花橋上流、丹波渓谷の一ノ瀬橋下流、泉水谷出合を回る。その後、大黒茂谷実踏調査に入る。本流との出合にある栃の木はより逞しくなり巨樹としての風格が備わってきている。菩薩谷悠々はより魅力を増していた。登り始めると体中から汗が噴き出してきた。肌着がびしょびしょになるとともに頭中から汗が滴りこんなに汗がでてもいいのかと思うほどの汗かきぶりであった。坂道がこれでもかこれでもかと続く。暑さのせいと年のせいで足が重くなる。こんな疲労感は久しぶりであるが、これからはしばしばそうであろう。二番滝の音が轟く。三番滝の姿を確認するとほっとする。沢からコンコンと湧水が流れていた。冷たくて美味しい湧水が心と体を休めてくれる。見事な滝と苔むした石と清冽な流れに出会う。躍動感と生命力に溢れる源流に、おもわずあったーこれだー。喩えようもない滝の姿にただただ見とれていると、かんかんと日が照りつけていたのが、突然曇りになり、絶好のシャッターチャンスになった。有難う有難うと源流の神々に感謝しながらシャッターを切る。これまでに3回挑戦しても満足できる写真は一枚もなかった。今日こそはという思いが源流の神々に届いたであろうか。確かな手応えはあった。往復4時間30分の大黒茂谷実踏調査が無事に終了する。
 甲州市から県知事への要請の件で連絡があり、県の緑自然課の秋山課長補佐に日程の確定をお願いし、環境省にも連絡を取る。山道さんと源流大学の件で連絡を取る。
 真緒ちゃんが高熱を出したという。38度9分の熱が下がるといい。心配心配。

2006年7月26日(水)[10:29:39]  
 朝5寺30分に起きて、多摩川デジタル写真館作成のための取材に出かける。軽く朝飯を食べて愛車ハリアで中央高速を使って八王子に向かう。多摩川50景の秋川渓谷から上流を担当しているので、前回すました残りを歩く。羽村取水堰、玉川上水、小作堰付近、狭山池、青梅釜の淵公園、梅郷と吉野峡、御岳渓谷、数馬峡、奥多摩湖と回る。それぞれの地点の特徴を簡単にメモにとる。狭山池は初めてであったが、地元のボランティアの方から、狭山池の話を色々聞く。この池の上流に丸池があること、丸池の上流はタルの口という埼玉との県境あたりの湧水が水源になっているという。丸池まで歩くと、流れは細いが綺麗な水が流れていたのは驚きであった。この池はかなりの歴史を刻んでいた。もう一カ所初めての青梅の釜の淵公園を歩いた。見事な釜の淵には驚いた。多摩川の流れが大きく蛇行した箇所の崖の真下にそれは不気味な大きな淵があった。多摩川50景では青梅水の公園と書かれてあったが実際には名前は釜の淵公園だった。それぞれに魅力があったが、
多摩川八景・多摩川50景が選定された昭和59年当時と比べると多摩川もずいぶん変化しているし、何よりも流域市民の多摩川への見方価値観、環境観も変化しているので、いずれ新しい時代にあった多摩川八景・多摩川50景が必要となるであろう。


2006年7月25日(火)[14:48:40]  
 源流百年の森づくりの映像化と古道調査を兼ねて大菩薩へでかけた。朝6時30分に矢野さん、丹治先生と待ち合わせて、大菩薩の登山道入り口の雲峰寺下で待ち合わせ大菩薩峠に向かう。あいにく霧が立ちこめ、いい映像をトルコはできなかったが、妙見の頭、賽の河原、親知らずの頭、大菩薩峠を歩く。介山荘では、益田んから中里介山のこと、深田久弥のこと、無人交易のこと、介山荘のこと、甲州裏街道のことなどをゆっくり効いた。「使い川」の話はびっくりした。大菩薩の歴史と文化に改めて引きつけられた。
 ただ驚いたことに、シカの食害により、大菩薩の山野草が壊滅的な打撃を受けていることでった。ここ3年で目も当てられないようになったという。これは放置できない一大事である。大菩薩の花を愛する会をつくり何年かかっても大菩薩の山野草を復活させたいと決意した。がんばるぞー。手伝える方は、源流研究所まで連絡ください。電話0428−87−7055です。みんなで知恵を出して一歩一歩歩き始めよう。
 大菩薩調査中にピックニュースが飛び込んできた。宮林先生の申請した源流大学構想が承認されたのだ。いよいよ多摩川源流の再生をかけた大いなる社会実験が開始される。源流に流域市民の理解と関心を飛躍的に広げていく機会にしたい。
 

2006年7月24日(月)[14:41:33]  
源流・百年の森づくりで先進地視察に出かけた。百年の森づくり検討委員会の木下会長、木下大吉さん、船木かしょうさん、木下ひでゆきさん、奥秋さんらと矢野さん、丹治先生、神谷先生、笛木さん、長一さんら。午前中は、檜原村の林業家田中惣次さん、午後は埼玉・西川林業の井上さん。先進的な森林整備の現場を見るといいという考えを具体的に実践していることである。作業道の整備にかける熱意は並々ならぬもので見事な作業道と水切りが林内に広がっていた。いいことをどんどんやることが大切と痛感した。夜は、塩山の美好で神谷先生、矢野さん、丹治先生、川島さん、武藤さんと懇親会。記憶に残る映像をとろうと気勢があがった。




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