文明の源流日記


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2006年8月31日(木)[04:29:33]  
午後3時に東京都建設局河川部の高橋部長と懇談する。山道さん、青柳課長、所長と東京都の宮田さんら。高橋部長は「日頃の皆さんの努力に感謝します」と挨拶され感動した。東京都、山梨県、川崎市で協働でもっともっと連携しいい多摩川をつくろうと盛り上がった。シンポジウムでは、良い提案を頂けそうである。午後5時からは源流大学準備委員会を開く。どんな運営体にしたらよいか検討する。基本的には東京農業大学が中心となって、もっとも働きやすい体制に持って行くことになった。

2006年8月30日(水)[04:22:35]  
 地元の中山圭さんの案内で佐藤さん、高橋さん、城田さん、速水さん、文明で湯西川の源頭を目指して歩く。林業と猟師の圭さんは湯西川のことを知り尽くしている。安心してついていく。サルハナの滝を巻きながら広葉樹の中を上り詰める。比較的平坦で清流の流れと湯西の風を楽しみながら歩いていく。ここら一帯は、木杓子の名産地であり、沢山の方が山の仕事に従事していたという。木杓子の材料はブナの木が一番会っていたという。熊の話、シカの話、山作りの話などを聞きながら源頭を目指し4時間歩いて目的地に着いた。苔むした岩を縫うようにして流れる湯西川の清流。いつまでもいつまでも清流であってほしい。


2006年8月29日(火)[04:21:13]  
 湯西川ダム工事事務所の高橋係長と城田さんの案内で鬼怒川の源頭に出かける。まず驚いたことは、栗山村の湯西川温泉を出発して、同じ村内である登山口の日光沢温泉にたどり着いたのはなんと2時間後。2時間車に揺られても同じ村の中を走るという栗山村の広さに驚いた。登り初めて、すぐに急な坂道が連続し、暑い日だったので、汗が体中から吹き出してきて、足が重くなる。城田さんは元気でドンドン上る。私と高橋さんはふうふう言いながら苦痛に満ちた表情で後をついて行く。ハアハア言って上り続けること1時間45分。樹林帯を抜けるとそこには別世界。鬼怒沼の絶景が広がった。天を移した沼があちこちに点在し草原の爽快な風が体を巻いて通る。疲れが一変に吹き飛んだ。源流は素晴らしい。源流は穏やかで万物を受け入れてくれる。孫の真緒ちゃんをいつかここに連れてきたいと思った。夜は、旅館で懇親会。風土工学の速水さんにあった。鍔山先生との文化論議は愉快だった。あの方は凄いお方だった。


2006年8月28日(月)[04:19:57]  
利根川の最大支流である鬼怒川の源流資源調査に湯西川ダム工事事務所の佐藤寿延所長のお誘いで出かける。メンバーは鍔山隊長、文明隊員、真里秘書官の三名。初日は、高橋さんや城田さんの案内で湯西川流域を回る。そこで水陸両用車に乗船するチャンスに恵まれ、五十里ダムや川治ダムを見学する。夜は、民宿山久の叔父ちゃんから栗山村の文化や歴史を教えてもらう。この村は最近日光市と合併して今はない。素晴らしい源流文化の村が消滅したわけだ。悲しいやら悔しいやら、切ない気持ちになった。


2006年8月27日(日)[04:18:12]  
 秘境・妙見五段の旅のイベントを実施。雨の降る中全員無事に五段の滝に到着する。何度訪れても飽きることのない場所がある。会えば会うほど惚れるところがある。幾度訪れても新しい発見と感動がある。参加視野の感想を紹介する。
□大変思い出になる企画で沢山のヒトに自慢できます。かなか見学することが出来ないことが実現しました。
□自然のふところに抱かれる心地よさは最高でした。ここを開拓された所長さんに敬意を表します。また、小菅の皆さんの優しさは、学校の子どもたちにも話したいと思います。有難うございました。
□こんな世界があったのかと感激、感動。はまりそうです。みんなに教えたいような秘密にしたいような。冬も秋も来てみたいが水が冷たいね。
□雄大な自然に分け入らせて頂いて他では経験できない体験をさせていただ゜きました。「妙見五段の滝」はやっぱり綺麗でした。苦労して歩いた甲斐がありました。足に巻いた縄の威力は凄かった。

2006年8月26日(土)[10:44:39]  
 秘境・妙見五段の滝を訪ねる旅が今日と明日の日程で開催される。嬉しいことに、27名が参加。島田真里さん、青木さん、今さん、酒井さんなど常連もまたまた応援団として参加してくれる。今日は、明日の妙見五段にむけて足慣らしの意味で松姫・牛の寝通りを散策し、源流の森との対話を行った。参加者は源流の見事な森のなかを元気良く歩き、明日に向けて英気を養っていた。夜の懇親会では、楽しいひとときを過ごした。

2006年8月25日(金)[10:35:57]  
 京浜河川事務所・多摩川流域協議会主催の多摩川源流教室が開催された。これには、多摩川流域から31名が参加した。昨年は台風のため実施できなかったが今年は無事終えることができた。源流体験教室の目的は、多摩川の上下流交流の一環として、小中学生の夏休みの機関に、親子での実体験を通じ多摩川の水質や流域という概念等に興味を持ってもらい、河川行政の広報活動の一環とすることがあげられている。
 当日は、広瀬小菅村長が歓迎のあいさつを行い、京浜河川事務所の斎田課長、源流研究所の中村所長がそれぞれあいさつ、青柳課長、望月リーダーが参加した。昼食の後、二班に分かれて早速源流体験に出発する。はじめの班は所長と望月リーダーが担当し、二つ目の班は徹君が担当した。親子連れであったので説明の際は、親子が集合するまで待ってあげ丁寧に解説した。京浜河川事務所の斎田課長、柴田係長、プラップジャパンの本間さん、佐藤さんも大喜び。参加した親子も満足のようであった。今年の源流体験もこれで終了した。たくさんの流域の市民が小菅村に訪れてくれ、新しく小菅村ファン、源流ファンが増えたことが何よりも嬉しい。
 真緒ちゃんは相変わらず元気で、大人の仕草をよく観察して、大人の真似をするのが得意で、バーバが目薬を差すと、あとでバーバの目薬を差す真似をするのでその仕草が何とも可愛らしく、みんなで大笑い。すくすく育つ真緒ちゃんは我らの希望、我らの太陽である。


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