文明の源流日記


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2007年12月29日(金)[14:54:56]  
宮林先生、鍔山先生と木祖村に出向き、木祖村の水木沢にある原始の森と太古の森を視察した。栗屋村長、岩原産業振興課長、東さんらが案内していただき、樹齢550年の大サワラなどの神秘的な森を見て回った。宮林先生も鍔山先生も感激し、随所で簡単の声を上げておられた。この森を科学的に調査し、診断することが大切との認識で一致した。来年、宮林先生の指導を戴いて調査へ入ることになるだろう。今年最後の訪問地は木曽川の源流であった。



2007年12月27日(水)[14:46:17]  
 五ヶ瀬川源流への旅は、有意義であった。特に五ヶ瀬川源流の位置が特異な場所にある。五ヶ瀬川は源流域で一旦熊本県に流入し馬見原を通過する。ここは、九州の中心部にあり、交通の要衝として、商業の街として栄えた場所であり、阿蘇、熊本、大分、博多へ通じる街でもあった。源流は、流域と流域を繋ぐという、神谷先生の新学説にまさに具現化している源流であった。源流への視点、視野、視覚が大いに広がった。五ヶ瀬川源流よ有難う。


2007年12月26日(火)[14:25:31]  
三カ所神社の原宮司に会いに行ったら、大いに歓迎された。原宮司は、中央大学の先輩であり、奥様は山梨県出身でしかも我妻の高校と同じであった。こんな偶然も珍しい。三カ所神社は、由来も古く神社の本殿も彫刻が素晴らしい。その彫刻は最近その価値が見直されているとかで、専門家が調査に入り、価値が認められて国へ文化財の指定を申請しているという。大変有意義な話をいくつも聞いた。特に400年の長きにわたって続いている荒踊りはこの神社に奉納されている。その衣装は古くなってお色直しするにあたって、京都の井筒屋に新調してもらったという。井筒屋は民俗衣装に関しては世界的な権威者の位置にあるお店だそうで、境内の大きなスギを6本切ってその代金に充ててきたという。大変なおもいで伝統文化を守ってきたという。その衣装たるや他ではちょっと見られないという。来年の全国シンポで見られるとありがたいが、神事なので実現はなかなかであろう。帰りも阿蘇空港から帰ったので、そのついでに阿蘇神社をお参りしした。来春生まれてくる孫が無事に出産できますようにと。二日間、五ヶ瀬町の村中さんがつきっきりでお世話いただいた。心から感謝したい。五ヶ瀬川源流訪問の2つの目的、全国シンポの実行委員会準備会の打ち合わせと椎葉村の全国源流の郷への参加要請の双方がうまくいき大変充実した旅となった。ずっと菩薩様も我をお守り頂いた。感謝感謝。


2007年12月25日(月)[14:23:58]  
朝8時30分に五ヶ瀬町役場で飯干町長に会い、来年五ヶ瀬町で開催される全国源流シンポと全国源流の郷協議会の今後について協議し、源流ネットワークを広げていくことの大切さを確認し、来年の全国源流シンポを協力して成功させようと誓い合った。その後、椎葉村で町長に会い、全国源流の郷への参加をお願いしたところ、快く賛同して頂いた。嬉しかった。続いて緑川の源流の郷である山都町の企画課長に会う。五ヶ瀬町の石井課長がいろいろ根回しをして頂いていたので、反応はとても良かった。暫く様子を見て入会を検討したいとのことであった。夜は木師屋に宿泊した。とても飯お湯であった。

2007年12月24日(日)[13:53:47]  
朝8時30分発熊本空港行きの飛行機で五ヶ瀬町に向かう。空港には、五ヶ瀬町の石井地域振興室長が出迎えて下さった。五ヶ瀬に向かう途中で山都町の通潤橋に立ち寄る。五ヶ瀬町では、特産センター、夕日の里大橋、五ヶ瀬ワイナリー、桝形山、三カ所川源流を周り、夜は全国源流シンポジウムの打合せ会を荒踊りの館で行った。山中さん、土井さんら多数が参加し、来年の全国源流シンポを意義あるものにする方策についていろいろ意見交換した。源流大学と取り組みについてはとにかく凄いとの意見が多くあった。ここで、実行委員会を作ること、五ヶ瀬川流域全体で取り組むこと、来年一月に実行委員会を正式に立ち上げることなどを確認した。源流と都市部の住民との距離を近くすることが大切との認識で一致した。桝形山の展望は言葉に表しようがないくらい素晴らしかった。

2007年12月23日(土)[13:50:20]  
 昨晩、東京北池袋の沙緒里の自宅に向かう。朝早く目が覚めたので、東京源流点の仕事をやり終えた。その原稿を携えて東京源流点のパネル作成の打ち合わせを、四谷駅近くの小林さんの事務所で行い、幸いにも午前中で終了した。東京電力の矢野さんのお陰で、東京源流点の展示ゾーンも充実した内容になった。午後からは、明日からの五ヶ瀬川源流視察の準備をした。

2001年12月22日(金)[14:08:24]  
 「源流の四季」の最終校正を徹君に見てもらうため、源流研究所に足を運ぶ。徹君も丁寧に校正してくれたので、サンニチ印刷の五味さんに責了の源流の四季を手渡した。続いて、東京源流展のパネル作りに精を出した。


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