文明の源流日記


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2007年1月31日(水)[01:11:25]  
 今日と明日、源流大学のコンソーシアムの先進事例調査のため、京都と岐阜に出張する。東京農業大学の現代GPはによる国からの支援は、あと二年で終了する。その後にどのように自立していくかがこれからの大きな課題であり、それに向けて今から研究しようという目的で、小泉先生、所長、小菅村の望月主査、源流研究所の中川徹君、源流大学事務局の杉野君、石坂君の6人の侍が京都に向かう。
 ところで、一昨日小菅で源流大学の打ち合わせが終わった九時から北池袋に向かった。なんと午後11時すぎなのに真緒ちゃんが起きている出来ないか。「ぐるぐる ぐるぐる ドカーン」と、体操を始めた。この仕草が可愛くて可愛くて疲れが一辺に吹き飛んでしまった。

2007年1月30日(火)[14:12:32]  
朝から、中央大学の記念講座の原稿の推敲に取りかかっている。大学で何を学んだのか、学生時代は社会に出るための準備の期間であり、専門と社会観、人生観をどう深めていくのか、自分の幸せとみんなの幸せをどのように両立させるか、自分だけが利益を上げればいいと言う狭くて寂しい生き方でなく、少しでも社会に役に立つ生き方をどうも策するかという生き方の基本を探求することが大学生活の課題であったことなど、若い頃に思いをはせながら楽しく書いた。その後、源流研究所設立の経緯、源流研究所の仕事の紹介などに書き進んでいった。午前10時からは、高橋裕先生に同行して、国土交通省京浜河川事務所の森所長、木村副所長、藤田調査課長らと多摩川流域懇談会の課題やあり方について懇談した。


2007年1月29日(月)[10:33:48]  
地図センター発行の月刊誌への寄稿依頼があり、その企画書づくりに追われている。原稿のテーマは「源流絵図」である。これまで13年間、源流域の淵、滝、沢、尾根、小字等の地名と由来を源流域の古老から聞き取り、記録し保存し次の世代に伝える活動を続けてきたが、大きな転機は研究の成果を源流絵図にまとめ上げ、誰でもが目に出来る形に仕上げたことであった。その源流絵図ごとの物語をこの際書き上げようと言う構想である。その構想を書き上げることは、源流学の柱づくりにも成り、今地名に関する勉強を懸命に行っている。夜は、源流大学の地元講師の打ち合わせがあった。小泉先生、木下満さん、佐藤さん、古屋副議長、奥秋道夫さん、河村みよきちさん、みつるさん、青柳課長、慎吾君、徹君などコアメンバーが集まり色々知恵出を出しあった。 


2007年1月28日(日)[04:40:06]  
福生市の市民会館で第一回多摩川市民学会が多摩川流域ネットワーク主催で開かれ、流域の市民約120名が参加した。長島代表と福生市長があいさつ、小倉先生が基調提案、多摩川を守る会の柴田さん、多摩川流域ネットの長島さん、同じく遠藤さん、世田谷の榎本さんらが日頃の活動内容を発表した。午後からは、4つの分科会に分かれて活発に交流した。柴田さんは、流域の自然をありのままに正確に記録することの大切さを、変化する流域の姿と重ね合わせながら紹介したのが印象的であった。自然を守ることと資源を活用することのバランスをどう取っていくか大きな課題である。

2007年1月26日(金)[04:30:40]  
国からの調査が今日も続いた。小菅村の取り組み、第三次総合計画の内容は何か、源流研究所が作られた経緯、どんな活動を進めてきたのか、自然再生協議会の課題は何か、国への要望は何か、どんな仕組みがほしいかなど自然再生協議会の取り組み全体を評価された。いい意味で自然再生協議会を再評価する機会になった。

2007年1月25日(木)[04:25:00]  
 多摩川自然再生協議会の活動を評価するため、総務省から聞き取り調査が行われた。国からは三名の調査官、村から青柳課長、源流研究所から中村所長が調査に応じた。自然再生協議会で何をやってきたのか、どんなことが契機となって協議会を設置したのか、協議会の構成員は、どんなメリットがあるか、国土施策創発調査の経過と内容は何かなどなど、それは詳しい聞き取りであった。明日も続く。

2007年1月24日(水)[04:13:03]  
 多摩川流域リバーミュウジアム(TRM)のホームページに昨年から「多摩川フォト散歩」がアップされていて、多摩川流域の市民と多摩川との距離を近づけて多摩川により親しんでもらうきっかけを作る試みが始められた。多摩川の魅力を発信し、その価値や魅力を市民と共有しあうことが大きな目的である。より一層魅力ある「多摩川フォトさんぽ」にしようと安元さん、もとおりさん、文明、河川情報センターの伊藤さんが集まって議論した。「一人だけで過ごしたいときの一押しスポット」「音楽を親しむとき」「野鳥を観察したいとき」「花を観察したいとき」「祭りや桜見学や自慢の食もいいね」などなど市民の感性を磨く場所をもっと発信しようと話し合った。午後は、ダム水源地センターの熊谷さんに源流絵図の件で会いに行った。


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