文明の源流日記


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2007年2月28日(水)[05:45:11]  
 昨晩、鍔山先生達と新宿の中村屋で一杯飲んだので北池袋に泊まり、朝5時30分に起きて、自宅に戻った。さすがにこの時間帯はまだ渋滞はなく、2時間あまりで塩山に到着した。午前8時30分、甲府の藤原林業の高密度路網の視察に出かけた。青柳課長、奥秋リーダー、矢野さん、笛木さん、丹治先生、石坂君、森林組合の方、所長、川島さんの9名。驚いたことに、藤原さんは、不在地主の山を借りて底に路網を入れて間伐し、山作り、森作り、産業づくりに取り組んでおられた。従前は、県有林の管理と造林を請けて仕事をされていたが、自らの努力で山作りをしたいと、各地に勉強に出かけ、大阪の大橋式路網作りと吉野の岡橋林業に出会い、それぞれの指導を受けながら山作りに取り組み、3年かけて路網作りにとりくみ、かなりの実績を上げていた。授業料も払いながら一歩一歩作業道をつくり、間伐材を搬出しムダを省きながら林業の経営に当たっておられ、長伐期施行で吉野に負けない森を創りたいと希望に燃えておられた。藤原さんの情熱と実行力に頭が下がった。夕方から、信玄カメラでプリントアウトした。悠真君が無事に退院した。まおまおちゃんも元気だという。悠真は鼻建ちはじーじに似ているともっぱらの噂だとか。

2007年2月27日(火)[05:43:20]  
神谷博先生のお誘いで、国土地理院の研修に出かけた。法政大学の森田先生、出口先生、神谷さん、荒川流域ネットワークの河村さん、東京電力の矢野さん、丹治先生、源流研究所の中村と7名。秋葉原からつくばエクスプレスに乗って45分、広々とした関東平野を横断して、茨城県まであっという間に到着した。現地では、小牧参事官をはじめ永山課長、瀬崎課長補佐が丁寧に案内し、各コーナーでは、担当課長がガイドして頂くなど特別の計らいを感じた。地図情報の先端技術や情報手段など素晴らしい発展が手に取るように分かり、もっと近いところにあれば、都民からもっと親しまれるであろうと思った。国土地理院の方々との懇親会の後、新宿で鍔山先生達と会って、「丹波山村、小菅村を東京都に編入しよう」という東京源流展のアピールをどう広めていくか相談した。


2007年2月26日(月)[05:42:05]  
 朝早く目が覚めたので、全国源流シンポの報告集の原稿の整理を急いだ。10時にサンニチ印刷の五味さんが第7回全国源流シンポジウムの報告集の原稿を取りに来にくるからだ。開会のあいさつから始まって、全国源流の郷サミット、みづちの朗読、高橋先生の記念講演、宮林先生の基調提案、パネルディスカッション、源流からのメッセージ、次回開催地からの挨拶、閉会の挨拶のそれぞれの場面の写真とキャプションを当てはめ切りつけていった。すべてを渡したらほっとした。午後1時からNHK甲府の清水ディレクターが新しい企画を立てたいと相談に見えた。午後3時からは、湯西川ダム工事事務所の佐藤寿延所長はじめ16名が小菅村の視察にやってきた。管理釣り場の青柳さん、村の青柳課長、源流研究所の中村所長がそれぞれ担当分野の説明を行った。ダム水没者の生活再建支援事業の研修を兼ねているという。管理釣り場の経営や現状、上下流の交流などに質問が相次いだ。昨年8月に栗山村に出かけたときは、あえなかった村のキーパーソンに今回はあえて、いろんな話が出来た。是非栗山村に来て欲しいと誘われた。


2007年2月25日(日)[10:45:41]  
 源流大学体験学習の二日目。白沢キャンパスでは、腰板張りと柱磨き、床のワックスかけなどに参加者は精を出した。宮田先生は、地元の方々に呼びかけてせん定講習会を開催した。事前にお願いされていたので、山水館の船木幸一さんに参加を呼びかけてもらったら、8名が参加してくれ、宮田先生が熱心に梅の木と柿木のせん定講習会を行い、大変好評だった。というのは、ぼさぼさしていた梅の木が、せん定することによって形も整い、枝振りも良くなったからだ。しかも収穫も良くなるとの話にみんなが大喜びだった。源流出す学終了後、聖母病院のゆうま君に会いに行った。

2007年2月24日(土)[22:46:33]  
午後1時から源流大学の体験学習に参加した。場所は白沢分校あとの源流大学キャンパスであった。体験内容は、源流域の木を利用して校舎の教室や廊下に床板や腰板をはる体験である。学生は、森林政策学研究室から、斉藤さんら4名、農学部から大野さん、田畠さんの2名、合計6名。風邪がはやっていた数名欠席したとか。指導者は、大工さんの船木弘和さんと弟の健治さん。スタッフは、宮林先生を先頭に、宮田先生、源流大学の事務局長の杉本課長、事務局の杉野君、石坂君、文明所長。杉本課長がいち早く到着して、腰板張りに取り組んでいたので、その仕事ぶりを見て作業工程を確認した。いよいよ私も腰板張りに挑戦した。大工さんの指導を受けながら、一枚一枚腰板を取り付けていく。細かいところに小さな釘を金槌で打ち込んで固定する作業がなかなか難しく、何度も金槌で自分の手を打ち付け、血豆を作るやら、手をすりむいて血をだすやら、悪戦苦闘。しかし、廊下が見る見る綺麗になり、やりがいがある仕事だったので、宮林先生や杉野君たちと楽しく腰板張りを行った。学生たちも床板張ったり、腰板張ったりと元気に体験学習に取り組んでいた。途中から青柳課長も参加。課長は手さばき良くすいすいと腰板を張っていった。流石である。
 実は、昨晩素晴らしい出来事が起こった。沙緒里ちゃんに二人目の赤ちゃんが無事に産まれた。名前は悠真くん。2007年2月23日午後11時35分生まれ、体重3082グラムである。山梨に午後7時過ぎに連絡がきて、東京に向けて出発。目白の聖母病院に真君の両親が着いていたので、3名で分娩室の隣の控え室で待っていると、助産師さんが母子とも健康に生まれましたよと報告が届いた時は、飛び上がりたいほど嬉しかった。悠真くんはなかなか顔立ちも良く、真緒ちゃんより鼻が大きくジージに少しにていた。真緒ちゃんは、お母さんが入院し引き離されたので、パニック状態で「ママ、ママ」と泣きやまず手の打ちようがなかった。泣き疲れて11時過ぎに寝込んだ。バーバと亜希ちゃんがずっとそばについていたので、二人は病院に行けなかった。真君も病院について悠真をみんなで抱いて記念撮影をした。新しい生命の誕生は、私たちへ新しい希望と元気を運んできてくれた。

2007年2月23日(金)[08:29:18]  
第7回全国源流シンポジウムの報告集を作成している。大方が済んだので安心していたら、肝心の自分の講演の訂正が済んでいなかった。全国源流シンポでは20分間、所長がしゃべれということであったので「源流のパワーと魔力の不思議」というテーマの話をした。テープを起こしていただいたのを見たら誠に酷い。自分の話はこんなに酷いのかとつくづくいやになった。どこがひどいかというと話しがあちこちに飛びすぎている。言いたいことが沢山あるのは分かるが、あまりに広げすぎている。気づいたのが昨日の午後5時過ぎ。夕方から夜遅くまで頑張った。すると今度は、なかなか寝付けない。それで梅酒をぐいと一杯飲んだら寝てしまったが、朝少し頭が痛かった。朝6時30分に目が覚めて続きをやり、午前中でなんとか方がついた。東京都の高橋部長の訂正をやり終え何とか全体が終了した。しかし改めて全体を読んでみて、多くのアイデアや意見、提案が含まれていて、大いに示唆に富んだシンポであったことが改めて確認できた。これからのシンポの開催に役に立つ、そんな報告集にしたい。
 午後にNHK甲府の清水ディレクターから電話があり、源流のことを調べたいので会いたいとのことであった。全国の源流の動きにかなり関心を示してきている。森林の荒廃、源流の郷の消滅、源流文化の危機など環境は厳しいが、一方森づくり、地域づくりも進んでいる。源流の価値と可能性は物凄い。広く国民に源流の動きや課題が伝わると良い。

2007年2月22日(木)[04:09:23]  
第7回全国源流シンポの報告集の作成にかかっている。この作業も手間と暇が沢山かかる仕事である。テープ起こしをやって、それをそれぞれの発言者に送り、訂正をお願いし送り返してもらい、その訂正された箇所を元原稿に入れ込んでいくことになる。まだ、一部そろっていないところがあり、なかなか催促も大変である。今度は発言者の趣旨に添って見出しを付けて読みやすくする工夫がいる。次に写真を点検し、顔写真やシンポジウムの会場の様子などを一つ一つ確認していく。シンポジウムの報告集づくりを一日中やって、
全体の8割まで仕事が進んだ。小菅の小泉先生からいろいろ相談があり、相談に乗っている。
 真里さんが悠真君の出産介護のため北池袋に飛んでいるので、おばあちゃんと二人暮らし。おばあちゃんが話が好きで、食事中同じ話題を3回聞かされる。なかなか忍耐がいる食事時である。


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