文明の源流日記


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2007年6月30日(土)[02:05:09]  
 宮林先生が出張講義されている東京学芸大学の学生達30名が環境学習の一環として源流体験学習のため、小菅村にやってきた。長作の寺子屋自然塾を拠点に初日は市民農園の除草作業を体験した。始めに源流研究所の中川徹君が、長刀を使うので怪我をしないように注意すること、除草に利用する長刀を研ぐことが仕事始めであること、持ち運ぶときは、長刀の刃を覆う布製の鞘をつけることなどの注意を行った後、研ぎに挑戦した。道具の手入れが終わると、市民農園に出向いて除草に取りかかった。広い農園全体に草が一杯茂り、いかにも管理がなされていないことが一目瞭然。学生達がやり始めると瞬く間に農園が明るくなった。もう少しで完了と言うときににわか雨に見舞われやむなく中止。寺子屋自然塾で中村所長の講義を聴いた。所長は、「多摩川源流および小菅村の特性と概況」と題して講義した。講義の終わりには、源流絵図に基づく源流物語や環境オペラ「みづち」上演の宣伝を行った。学生達は、早口の所長の話をよく聞いてくれた。

2007年6月29日(金)[01:47:45]  
東京農業大学の造園科学科教授の麻生恵教授の研究生22名と教官3名が源流大学体験プログラムとして、地域景観計画の策定プログラム実習の予備調査として小菅村に入ってきた。源流大学白沢キャンパスに入ったあと、橋立の景観や温泉の周辺の景観などを視察し、2時45分からは、小菅村役場の二階で中村所長の講義を受けた。テーマは「源流及び小菅村の特性と自然再生活動」で90分話した。学生達は眠ることなく、良く講義を聴いてくれた。参加者の中には、矢野さん、能勢さんなど友人達もいて、前の方で相づちうちながら元気に話を聞いてくれたのは、嬉しかった。9月には、3泊4日の実習をやり、小菅村の景観計画を提案するという。その際、一人一人の心の源流のイメージを膨らませ、あるべき源流とは何か、どんな景観が源流として相応しいか、現実への迎合ではなしに、源流の理想をドンドン打ち出して欲しいとお願いした。源流大学の体験では、今回のテーマは繰り返し講義が求められる感じた。よりよく整理していい内容に仕上げていきたい。

2007年6月28日(木)[00:30:50]  
 「水はすべての生命の根元であり、私たちはこの地球の魂の雫ともいえる水に活かされることを忘れ、あるべくしてあるもののように錯覚していないだろうか。『みづち』とは、水の精という意味であり、水の大切さを、総合芸術であるオペラに我が思いの限りを託したものである。」
 この文章は、作家丹治富美子先生がオペラ「みづち」に託した水への思いの一節である。このオペラの一部が、東京農業大学主催、源流大学共催で7月18日に東京農業大学百周年講堂で開催される。講堂には、1300名収容可能という。観客を1000名集めることは容易なことではない。オペラ上演を多摩川流域の市民に知らせようと、源流大学現地事務局の石坂真悟君と下流域の自治体を回り、チラシやポスターの配布に協力して頂いた。まず、世田谷区、続いて大田区、川崎市、狛江市、調布市、府中市に、チラシ2000枚、ポスター30枚をお願いしてきた。どこの自治体も大変協力的であった。しかし圧倒的に宣伝不足である。オペラ開催日まであと20日間である。1日1日、どう普及していくか、真剣勝負の日々である。源流ファンの皆さんも是非協力してください。お願いします。問い合わせは、源流研究所、中川徹君まで。電話 0428−87−7055。
 昨日の夜から、池袋の真緒真緒の家にいる。真緒真緒がよくしゃべりだした。「ジィージ、オイデ、オモイコウ。クックハイテ。」商店街に飾られている七夕の飾りを見て「キレイネ、キレイネ」と大喜びである。真緒真緒の笑顔を見るとジィージの心が充電される。

2007年6月27日(水)[00:37:48]  
立川で東京電力立川支社主催の環境講演会があり、石原良純さんの記念講演があった。東京電力の矢野さん、笛木さんも駆けつけ、小菅における森林再生の取り組みを紹介したパネルを会場に掲げた。小菅村・源流研究所の上下流交流や源流体験などの活動の紹介パネルも会場を飾った。文明所長の写真「多摩川の最初の一滴」「ブナの女王」「三条谷の深緑」「妙見五段の滝」も、会場に飾った。石原さんは、気象予報士として活躍中の俳優。お父さんは、誰でも知っている石原都知事。さすがに話し上手であった。神奈川県の逗子市で生まれ育ったとかで、生まれたときから海や山が好きだったとか。特に空への関心は強く、流れいく雲や風に興味を持っていたという。空という大自然は、どこにでもあり、様々な変化を見せる。春夏秋冬を通して刻々的変化する。地球温暖化の中、異常気象が起きていること、身の回りの省エネなど出来ることからどんどんやろうという呼びかけは聞いていて気持ちが良かった。特に日本人が、季節の変化に敏感なのは、自然が豊かな証拠だという指摘はなるほどと思った。あっという間の1時間であった。今日も、お昼のテレビに出演してすぐに立川に駆けつけたとか。実に話題が豊富である。文明は、前座で45分講演した。前座で良かった。講演の柱は2つ。一つは多摩川四百年の歩み。もう一つは多摩川源流からのメッセージ。源流の魅力と価値や役割をコンパクトに伝えた。200名近い観客の熱い視線を感じたので良く聞いて頂いたと言うことか。

2001年6月26日(火)[01:25:09]  
NHK甲府の鈴木アナウンサーから電話があり、源流研究所の源流体験を番組で取り上げ、7月に放映したいとの問い合わせがあった。何とか時間を取って頂けないかとと。有り難い話である。新聞にしろ、テレビにしろ、講演会の講師にしろ、自分で売り込むわけにはいかない。様々な活動に取り組みその成果が社会で評価され、話題性に富んでいて始めてお声が掛かる。この間、源流大学や水や川をテーマにする環境教育などで、テレビ取材が続いている。内閣府提供の元気な村の紹介、山梨県提供の村づくりの番組、水をテーマにした地元のテレビ取材、そしてNHK甲府からの取材と4月からマスコミからの取材が続いている。地球温暖化が続く中、環境を守る活動をテーマにした番組が多くなっているが、いよいよ源流の価値と可能性を社会的に大いにアピールする時代が到来したと言うことか。間違いなしに源流の役割が再評価される時代がやってくる。焦ることなく、一歩一歩環境を良くする活動に献身すること。7月16日に相模湖ダム60周年の記念講演会の講師を頼まれているので会場を見学し、あわせて相模湖ダム、宮ヶ瀬ダム、津久井湖ダムを視察してきたが、相模川は神奈川県の生命線であること、上流一帯には、管理の行き届かないスギやヒノキの山林が広がっていることがわかった。改めて現地を知ることの大切さにきずかされた。ここでもどこででも小菅村の取り組みを大いに広め、小菅村に視察に来る人を一人でも増やしていきたい。ブンメイのできることはしれているが、小菅村の取り組みの真剣さ、熱心さを多くの人に知らせ、元気をもらってもらい、元気な地域づくりに役立てて欲しい。

2001年6月25日(月)[00:46:37]  
 多摩川源流協議会で取り組んでいるシカの食害防止対策に関連して、国や県、都への要望事項のとりまとめを行った。都は環境問題への取り組みは熱心で、シカの適正管理への具体的な取り組みも進んでいる。シカが増えすぎて、えさが足りなくなり、山野草や樹木もドンドン食べ出しているし、ササや落ち葉まで食べて栄養状態が良くないとの結果が出ている。シカ自体にとっても、数が増えすぎて困っていると言うことか。シカと人間の共生できる豊かな杜づくりを目標に今どんなことをやったらいいか、県には何をお願いするか、国には何をお願いするか、色々思案中である。

2007年6月24日(日)[03:44:12]  
 小菅村の源流資源・源流古道調査にでかけた。調査メンバーは、小菅村の加藤源久さん、千葉大出身の加藤翔くん、中村真理、中村文明である。最初に出向いたところは、大成地区である。こにある十二支天様の記録から始めた。これは、元々ここにあった遺跡と下の金風呂から移動したものとあるが、そのなかに冨士講の供養塔があった。また、集落の入り口の道ぞいに別の冨士講の供養塔が確認された。また、余沢の道沿いにも富士講の供養塔が確認できた。いずれも江戸から明治にかけて建立されたものであった。大成には、昔、大寺、小寺、比丘尼寺が立ち並んでいたと言うし、わずか6、7軒の小さな集落であるが、三名の坊さんを排出したという。大成出身の青柳やよこさんからの楽しい聞き取りも出来た。残念ながら途中で雨が酷くなり、富士講の道を辿ることは、出来なかったが、源流資源・古道再生調査の貴重な第一歩を踏み出した。小森神社の三本スギは、幹周り550a、二本を束ねると650aになる巨樹であった。余沢の御嶽神社のケヤキは幹周り665aの巨木であった。集落のすぐそこに巨樹が佇んでいる。小森神社といい、御嶽神社といい神社杜の豊かさは神社の歴史の深さを象徴していた。続いて、牛ノ寝通りの調査に取りかかる。腹を決めて徹底して調査する。新しい気持ちで取り組みたい。清々しい気持ちで柳沢峠を越えて帰宅した。


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