文明の源流日記


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2008年5月31日(土)[03:08:57]  
今日は、多くの団体が小菅村を訪問した。源流大学の長作田植え班、東京農業大学ボランティア部、東京経済大学磯野先生グループ、JTの森づくりグループ、木村さんグループの5つである。源流振興課と源流研究所がそれぞれ役割分担して、あいさつや案内、学習会の講師、取材と大忙しだった。東京経済大学の磯野先生のグループは、神谷先生の紹介。神谷先生が自ら生徒達を車に乗せて小菅入り。夜には長作の寺子屋自然塾で文明セミナーを実施した。学生達から沢山質問があった。磯野先生は、源流エコツーリズムを開拓していきたいとのことであった。しっかり連携できると良い。源流大学長作田植え班はいよいよ田植えが明日に迫ってきた。木村さんのグループは、源流探訪が今回で17回目を迎える。農大の宮田先生のボランティア部も毎年訪れてくれる。流域の様々な分野から源流への関心と興味が寄せられるようになった。有り難いことである。

2001年5月30日(金)[04:40:52]  
中川徹君が小菅村に就職することになっているが、今日が源流研究所勤務最後の日である。小菅村の佐藤課長と中村文明、真里と徹君で受け継ぎを行った。源流体験事業の引継、源流ファンクラブの会員の会費の管理、源流の四季の発送業務、発送業務、源流協議会の発送などなど一つ一つをチェックし、パソコンの使い方も教えてもらった。本当に4年間ご苦労さんでした。役場でも活躍して下さい。徹君の後任は、まだ決まっていないが当面、真里さんが臨時職員として事務をサポートすることになった。鈴木真智子さんから電話があって、例年通り川崎市の宮内中学校が源流体験をやるとのこと。所長が、源流体験事業も担当することになったので、立川の大迫さんと連絡を取り、森林公園へ宿泊をお願いした。

2001年5月29日(木)[03:33:07]  
樹木医の河村さんと多摩川源流域に広がる三窪高原へシカの食害調査に出かけた。これまでは、三窪高原の東屋周辺を主に調査していたが、北側にのびている高原に出かけてみると、レンゲツツジが壊滅的な被害を受けていた。このレンゲツツジの再生方策について協議し、新しい方針に基づいて今年度から食害対策を開始する。大菩薩から三窪高原にかけてのドウダンツツジやレンゲツツジ、多くの山野草などが壊滅的な打撃を受けている現状を多くの県民や流域の市民にしっかり伝えていくことが大きな課題である。平成19年度から、甲州市、奥多磨町、丹波山村、小菅村で構成する多摩川源流協議会がシカの食害対策を実施したが、この取り組みが契機になって、大菩薩観光協会や甲州市観光課も動き出して食害対策が進展した。この間の牛ノ寝の巨木調査の時では、これまで被害が少なかった小菅地域にもリョウブやモミなどに多くの食痕が確認され、稚樹が見られないところもあるなど食害の広がりが依然続いている。夜は、東京で田中喜美子さんと鍔山先生の喜寿のお祝いがあり、参加した。高橋裕先生の呼びかけで催されたお祝いの会で、参加者でお二人に心からのお慶びを申し上げた。 

2001年5月28日(水)[05:47:01]  
万歳、万歳と3人で大喜びした。新緑のど真ん中に小菅村の源流資源調査・巨樹巨木調査に取り組んだが、巨木がなんと55本も確認されたからである。200年から300年の森の中にしか巨木達はいないのだ。これは小菅の森がどんなに豊かな森であるかを証明している。画期的な成果だ。誰からも認められなくても、誰からも注目されなくても、間違いなしに山の神さんは一緒に喜んでくれたはずだ。今回は、東京農業大学の黒沢君と蔵本君がサポートしてくれた。素晴らしい若者である。小菅村の鎮守の森や周囲の山々の資源を徹底的に調査しようと言う目論みである。昨年に引き続いて調査に取り組んでいるが、ともかく小菅村の森にどんな巨樹・巨木が存在するのか調べようと調査に取りかかった。大菩薩峠から松姫峠を通って奈良倉山まで、鶴峠から三頭山まで、大菩薩峠から獅子倉山までと、小菅村をぐるりと回る。これまでに平地部と三頭山を終えて、松姫から狩場山、狩場山から榧の尾まで進んでいる。ここまで来るのが大変であった。アカドチ沢から牛ノ寝へ、牛ノ寝から狩場山へ。眩いばかりの新緑の中、調査を終えた。黒沢君、蔵本君ありがとう。

2008年5月27日(火)[01:16:11]  
多摩川源流に関して流域市民が関心と興味を持って貰うにはどうすることがいいのか。なかなか大変な課題であるが、流域にとって源流は要の位置にあり、大元であることを理解して貰うことが必要であろう。そのためには、流域の市民が源流へ足を運んで貰うことが、何よりも効果的である。多摩川の川づくりを担う多摩川流域懇談会の会議が川崎市のせせらぎ館で開催されたので参加した。6月21日、22日の源流で行われる多摩川流域セミナーの打合せを行った。初日には、水干に登り、小菅村に泊まり、二日目には、小菅村の役場でセミナーが行われる。流域の市民を暖かく迎え入れて、源流を好きになって貰い源流ファンになって貰えることが一番いいことである。地道な取り組みだが、源流ファンの輪を一歩一歩広げていくことが大切である。夜は、TBネットの会議が同じ会場で行われた。長島さん、鈴木真智子さん、安元さん、中山さん、竹本さん、長谷川さんらが参加した。秋と冬に予定されている多摩川市民学会の内容について議論した。

2008年5月26日(月)[03:29:19]  
昨日は、甲州市のJC・青年会議所に依頼されて大菩薩登山の案内をやる予定であった。大菩薩の歴史や文化をまとめて、参考資料を作り準備万端を整えていたら、昨夜からの雨が止まず、朝7時30分に中止の連絡があった。残念だが雨には勝てない。午後から雨が止んだので、久しぶりに山梨市の徳和川にヤマメを釣りに出かけた。釣り屋さんで一日券を買い、餌のイクラをもって出向いていくと、林道にゲートが出来たので、山道を歩くこと40分。清流に糸を垂らすとイワナやヤマメがこの時期には珍しく21匹もつれた。27aの大物のイワナが釣れたときは、引きが凄く竿がしなりイワナが疲れるまで一時は格闘しゆっくりゆっくり引き上げた。新緑の真っ盛りの中での渓流釣りは、まさに命の洗濯であった。
 今日は、午前中はNPO法人全国源流ネットの定款を変更したので、大月の法務局に相談に行った。手続きが大変面倒でいろいろ教わり、一つ一つ準備することになった。午後からは、二子玉川の高島屋で行われるアブリバーの多摩川写真展の審査員を務めているので、鍔山先生と一緒に参加した。流域の多摩川を愛する市民が自慢の一枚を応募してきている。京浜河川の鈴木所長も一緒であった。応募者の腕は年々上がり最優秀賞や優秀賞を選ぶのが大変であった。夜9時から娘の亜希がはじめての給料を貰ったので両親を食事に招待したいというので真里さんと亜希と三人で東銀座に出かけた。食事はたいそう美味しかった。娘の生き生きした姿が眩しかった。

2008年5月24日(土)[08:43:28]  
源流大学の基礎コースの学生が50名小菅入りした。長作の小米沢でワサビ田の再生に取り組んだ。守重敏雄さんや文俊さん、初男さんなど守重一族の地元講師が、大釜の利用法やワサビ田のれの指導に手腕を発揮した。学生は、昨年の台風で土砂が崩れて耕作不能になったところの整地や石垣の崩壊の手入れなどに挑戦した。草ボウボウのワサビ田がみるみる生き返り、石積みは指導者の後ろ姿を見ながら真剣にその技を学んでいた。特に、沢に橋を架ける技は、見事なもので参加者は感心してその仕事ぶりを観察していた。梯子、長い板、番線を使い見事な橋が完成した。橋の揺れを固定する際も手際よく工夫する。何もかにもすぐに仕上がる。源流大学の地元講師の底知れない技に思わず拍手した。夜のミニ講義で「源流に魅せられて」と題して所長も30分ほど話した。 


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