文明の源流日記


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2008年7月31日(木)[02:09:00]  
 全国源流の郷協議会の主催による大橋山研修会を実施する。大橋先生自らの指導による現地視察と意見交換、林内散策、質疑応答などをおこない、すべての日程が無事に終了した。参加者は、それぞれの思いを胸に、古里に帰っていった。 


2008年7月30日(水)[08:39:47]  
午前10時30分に奈良県の大和上市駅に、道志村、小菅村、木祖村、根羽村、宮林先生、林野庁の原さん、川戸さんが集結、川上村役場で、天川村が合流、大橋先生、清光林業の岡橋社長、榎本さんら現地指導のかたがたと一緒に参加者20名で川上村を表敬訪問した。川上村の大谷村長は、大橋先生、岡橋所長には日頃から大きなお世話になっている挨拶、岡橋社長が地元で大橋式路網を取り付けて間伐を進めていることを高く評価、この経験を村内に広めたいと話されていた。会議室での打ち合わせでは、川上村の松村地域振興課長、守口主任が挨拶、松村課長は、川上村の村づくりについて、観光振興と吉野林業の再生復興の二本を柱に取り組んでいることを話され、林業の振興に大橋式の路網普及に取り組みたいと話されていた。その場で、参加者の自己紹介をし、午後から大橋先生、岡橋社長の指導で清光林業の岡橋社長の山三箇所で大橋式路網の現地研修を行った。上多古の小所では、最大傾斜30°の路網を三菱デリカで駆け上ると、参加者から驚きの声が上がった。大橋先生は、現地で現場を見ることの大切さを指摘、地形、地質、土壌、傾斜などあらゆる角度から判断して、山を壊さない道をどうつくるか、その路線を選定することに心血を注ぐことが大橋式の神髄であることを教えて頂いた。夕方の大橋先生の研修会、夜の交流会と忙しい日程であったが、充実した一日であった。

2008年7月29日(火)[08:38:39]  
源流大学の石坂真悟君を連れて、奈良県の大橋式路網の研修会会場である奈良県川上村に向けて出発した。二人で交代で運転して8時間かけて、奈良県川上村の高原にあるログキャビンに着いた。途中、木曽川から取水されている愛知用水を視察した。兼山から知多半島の先端まで、112キロの流れが続いている。乾いた大地を潤す愛知用水。愛知用水を考案した人々の足跡を追った。

2008年7月28日(月)[08:36:55]  
昨日は、宮尾家の新盆だったので、長野市の大安寺に出かけた。昨年、12月23日、正樹君の実家が火事で焼け、両親が亡くなられた。悲しい日から7ヶ月がたった。大安寺には、親戚や同級生、地元の方など大勢の方が集い、お墓参りをし、お二人の冥福を祈った。今日は、全国源流シンポジウムの最後の実行委員会で、木祖村に行った。40名を越える実行委員と関係者が参加し、シンポジウムの成功に向けて、意見交換した。地元を含め500名を越える盛況を期待できそうである。なんと言っても、地元のスタッフの頑張りが凄い。一宮市の方が、バス一台、40名で駆けつけたいと話されていた。日進市のかたも頑張っておられた。下流も盛り上がりつつある。

2008年7月26日(土)[08:35:15]  
川崎のとどろぎ水辺の楽校の源流体験教室の日がやってきた。鈴木真智子さんを先頭になんと91名、小菅村の人口の一割が河口の都市からやってきた。菅田校長、河村さん、遠藤さん、御前さん、山下さん、京浜河川事務所の鈴木所長さん、木戸副所長さん、菱田課長さん、柳沢課長さん、四十物さん、島村さん、米沢さん、小栗さんなどなど多くのお馴染みさんの顔を見ることができた。源流体験では、佐藤さんが幼児班で20名連れて白糸の滝に、ブンメイ所長と、望月撤ちゃん、中川撤君が指導者として、それぞれの班を引き連れて、戯れ淵、釜淵、のぞき淵、瞳淵を案内、子供たちは、生き生きとして源流を駆けめぐっていた。夕方からは、玉川キャンプ場で恒例のバーベキュー。美味しいお肉と野菜、焼きそばを沢山戴き、交流を深めた。河口から、百名近くを募集して、毎年参加してくれるとどろぎ水辺の楽校の鈴木さんを始め関係者の皆さんに心から感謝。感謝。

2008年7月25日(金)[08:28:51]  
全国源流の郷協議会の主催による大橋式路網の研修会の最終的な参加確認と現地川上村への連絡、ホテルへの宿泊、参加者の部屋割り、大橋先生、岡橋社長への連絡などを忙しかった。この研修会へは、道志村、小菅村、木祖村、根羽村、天川村、川上村が参加予定である。

2008年7月24日(木)[05:31:55]  
一の瀬高橋、丹波山村、小菅村、奥多摩町の多摩川源流域は、多摩川の源流として大きな役割を果たしてきた。江戸の人口が増えるに従い、神田上水や赤坂溜池上水だけでは水が不足し、江戸幕府が開かれてから50年すると、多摩川をそのまま上水に変える大工事が実施され、玉川上水が完成する。玉川上水は、江戸の市民の生活用水となり、江戸城の徳川幕府の水を確保する役割を果たした。こう考えると、玉川上水が、江戸の市民の暮らしや生活を支えたわけで、多摩川なしには江戸の発展はなかったことになる。もっともっと勉強して、源流の森が果たした役割を解明していきたい。午後からは、小川さんや白石さん、竹内さんらに呼ばれて、たちかわ市民交流大学で講義をした。「最初の一滴」「丹波渓谷紅葉」「初秋大菩薩峠」などの写真も披露した。影山さんの顔をみることができた。なかなか好評であった。


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