文明の源流日記


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2008年8月28日(木)[06:56:18]  

 全国源流シンポに向けて木祖村へ出発する。15時36分に塩尻駅で高橋先生、塩野先生と合流し、木祖村で栗屋村長、唐沢福村長、久保田課長、東さん達と挨拶を交わし、夜の交流会へ参加する。


2008年8月27日(水)[06:54:09]  
全国源流の郷協議会の今後の取組に関して、降矢会長と相談、国への働きかけに関して、相談、地元の堀内先生へ働きかけることになった。小菅村議会の学習会の講師に呼ばれたので、源流研究所の7年間の活動の軌跡と当面する課題について1時間15分間講義した。小菅村がどんな位置にあるのか、村はどんな村づくりに取り組んできたのか。自然再生協議会活動、国土施策創発調査、森林再生プロジェクト、交流事業、情報発信、源流百年の森づくりなどの取組とその意義に関して報告した。 

2008年8月26日(火)[02:06:32]  
地球温暖化が進行する中、環境保全の課題は今後益々大切になるだろう。私たちが向き合っている源流域の自然環境は、日本の中でもっと重視されていいだろう。多くの市民に源流ファンになってもらい、マスコミにも注目される取組を繰り広げ、国にその重要性を認識させていくという運動がいよいよ求められている。こうしたなか、河川の最上流に位置する自治体で構成する全国源流の郷協議会の幹事会が、木祖村で開催される全国源流シンポの前日・8月29日に開かれる。その幹事会で提案する議案づくりに取りかかっている。現在協議会には、宮崎の五ヶ瀬川源流の五ヶ瀬町、同じく耳川の源流の椎葉村、岡山の旭川源流の新庄村、奈良の熊野川源流の天川村、長野の矢作川源流の根羽村、木曽川源流の木祖村、千曲川源流の川上村、山梨の相模川源流の道志村、同じく小菅村の9つが加盟し、国に政策提言し源流の再生に取り組んでいる。森林再生をどう進めるか、源流資源をどう活用するか、交流人口をどう確保するかなど多くの課題が山積している。国への働きかけに欠かせないのが国会議員の先生達の理解と協力である。会長の降矢村長に相談し、山梨県選出の堀内議員へ相談することになり、小菅村の望月徹ちゃんと富士吉田の事務所に相談に行った。事務所の梶原顧問と面談、いろいろアドバイスをいただいた。国会議員の先生達との源流再生懇談会を開催するための準備に取りかかることになる。

2008年8月25日(月)[02:53:08]  
源流の村の活性化の大きな柱が、交流人口の拡大である。定住人口に関しては自然減をくい止めることは出来ないので、定住化を促進しつつ、村の賑わいを確保することであろう。今日は、府中市の緑活動推進委員会の大沢会長一行17名が一泊二日の日程で源流探訪にやってきた。初日は、白糸・雄滝の予定であったが、雨が降り止まず村内探索に切り替えた。源流研究所で所長が説明したあと、山びこでヤマメの定食を食べていただき、午後からは悠々クラブにお願いして、竹細工の体験をしていただき、終了後青柳万寿男住民課長の源流の狩猟文化の話を聞いて貰い、続いて橋立のコンニャク畑見学、古菅養魚場の見学と村の方々の協力で源流の暮らしと文化に触れて貰い大変好評であった。雨の場合は大変である。
 木工沈床の間伐材のベタ角にかえるのに寸法が足りないことが判明して、サンブレスの大前社長と相談し、対策を検討した。始めて取組む事業に関しては、いろいろ課題が出てくる。一つ一つ解決して行くしかない。朝家を出るとき、2人の孫が窓際にたってバイバイをしてくれる。可愛い手でいつまでも手を振ってくれる。心温まる日々を過ごせることは、幸せと言うことか。

2008年8月24日(日)[03:27:49]  
 土、日と川崎水辺の楽校の源流体験の日がやってきた。佐々木梅吉校長のこの水辺の楽校は源流研究所の源流体験に最も早く取り組んでくれたいわば老舗の団体である。張り切って取り組もうと思っていたところ、天候が崩れた。昨日、柳沢峠の気温は13度であった。数日前まで涼しいときでも20度ぐらいであったのに、いきなり13度まで気温が下がった。いくらなんでも13度まで下がるとは、予想だにしない。こんな気温の下がった状態で源流体験は困難である。身体が冷え切ってしまい、体調を壊す子ども達が出てくるであろう。佐々木校長と相談して、牛ノ寝のブナを見学することにした。一行は、霧にけぶる幻想的な源流の森を探索し、寺子屋自然塾に向かった。みんなでカレーを作り、夜は御鷹神社で肝試しをして楽しんだ。今日は、御鷹神社の裏でニジマスの掴み取りに挑戦、ニジマスを焼いて弁当のおかずにして食べた。焼き上がりが良かったせいで、子ども達も魚を残さず食べていた。雨で残念であったが、来年も是非来て欲しい。今日予定されていた福生の源流体験も中止になった。残念、残念。

2008年8月22日(金)[03:22:50]  
京浜河川事務所が中心となって、流域の市民に呼びかけた源流体験に42名が参加した。京浜河川事務所からは、鈴木所長、柳沢課長、浦川さんなどが参加、所長と徹ちゃんでガイドした。昨日と打って変わって、天気が悪く、雨模様で肌寒い一日であった。子ども達には申し訳なかったが、どうすることもできないので、お弁当をしっかり食べて、元気を付けてと開会式の時にお願いした。今日は、テレビ神奈川も取材に入り、朝日新聞も取材に来て、なかなか賑やかな源流体験になった。源流体験に突入する前に、「今日は怪我をします。痛い目に遭います。滑ります。痛かったら我慢する。転んだら立ち上がる。周囲に親もスタッフもいるが、源流を歩き始めたら誰も君たちを助ける人はいない。自分の安全は自分で守る。これが源流体験の原点だ。元気に頑張るぞ」と激励し、源流体験を開始する。寒かったけれど、源流を歩いている間に水の冷たさになれてきて、子ども達は、「ジャングルを探検しているみたい」「水か綺麗」「水は冷たくて美味しい」と反響がびんびん帰ってきた。最後の瞳淵でも飛び込みに挑戦。元気な子ども達にこちらが元気をもらった。源流体験が終わってから、午後6時から石川さんとサンブレスの大前社長、古屋製材所の社長と間伐材の木工沈床の件で打ち合わせた。なんとかうまくいきそうである。

2008年8月21日(木)[02:31:44]  
 首都東京を流れる多摩川。江戸発展や東京の暮らしを支え続けてきた。河川環境を守る市民活動でも早くから役割を役割を果たしてきたが、川づくりの流域パートカーシップ構築もその一つである。多摩川の川づくりをになう市民と行政のパートナーシップ組織である多摩川流域懇談会が川崎市のせせらぎ館で開催されたので参加した。流域懇談会には、市民から長島先生、安元順さん、鈴木真智子さん、それに私、京浜河川事務所から林副所長、工藤調査課長、柳沢河川環境課長、高橋係長、小栗係長など、東京都河川部、川崎市多摩川施策、世田谷区、調布市などからそれぞれ担当が参加した。懇談会では、第29回多摩川セミナー、第30回多摩川セミナーの内容と役割分担について検討した。第30回多摩川セミナーは、流域懇談会設立10周年記念シンポジウムとして開催される。テーマは、「多摩川の歴史 これまでの10年、これからの10年」。大いに宣伝して多くの流域の市民に参加してもらうことになった。懇談会では、小菅村で元気再生プロジェクトが開始され、源流プラットホームづくり、源流資源の循環活用、森林再生プロジェクト、源流ライセンス・源流ミュージアムの4本を柱に源流再生に向けて頑張る事を説明し、「木づかい保健室プロジェクト」などへの協力をお願いした。懇談会終了後、柳沢課長と元気再生事業の進め方について協議し、小菅の進め方を了承して頂いた。


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