文明の源流日記


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2008年10月22日(水)[03:00:09]  
長いこと長いこと源流日記をつけることを怠ってきた。我が源流研究所の源流研究所の所長として、怠慢としかいいようがない。忙しかろうと何であろうと約束したことは守るのが男の務めである。申し訳ないことである。徐々に回復していきたいと思う。午後3時から川崎多摩区のせせらぎ館で多摩川流域懇談会に参加、夜7時30分から小菅村の元気再生プロジェクトの源流商品開発研究室の試作会に参加した。

2008年10月21日(火)[00:36:04]  
朝5時30に目が覚めた。それなら日の出をみよう石坂慎吾と親知頭に登る。東の空から真紅の太陽が顔をみせた。わぁー凄い。こんな日の出を見たことがない。冷たい風が頬を凍らせる中、心はゾクゾクした。朝飯を食い、目的地に向けて出発。熊沢山、石丸峠、天狗の頭、狼平と通り抜け、小金沢山の山麓とさしかかるる慎吾君がgisで目的地を設定し、我々を誘導した。「あと百メートル」「そこを左に三百メートル下る」と指示する。下りは、急傾斜地で膝がガクガクしきつかった。いけどもいけどもヒノキ尾根にたどり着かなかった。駄目かな、ここではないのか、聞き間違えたのか、みんなの心に不安がよぎった。暗い気持ちになりかけたとき慎吾が「ヒノキがあった」と大きな声を上げた。駆け寄ると確かにヒノキが存在した。やったーとみんなで喜び合った。「学術研究・遺伝子保存事業」として天の恵みである実生苗を少し採取した。実生苗は一年、二年は生きるが、少し大きくなると枯れてしまう。林床に陽が当たらないため、生長量を保障する光合成が出来ないためである。この苗たちは、小菅の大地に根を張ることになる。なんともいえない充実感がみんなの体と心を包み込んだ。周辺の山々は紅葉の時期を迎え、彩り鮮やかであった。大自然の流れに添うように我々の心の彩りも鮮やかであった。それにしても、近代兵器の威力に脱帽した。
 夜は、新宿で「源流元気ラボ」研究会を持った。宮林先生、鍔山先生、渋沢さんと中村所長と真里さん。源流大学の小菅におけるメリット、東京農業大学におけるメリット、社会的なメリットはなにか、源流大学ができて小菅村がとう変わったか。村民はどう受けとめているか、学生は、どう受けとめているか。存続させるには、なにが課題なのか。「木づかい保健室プロジェクト」の意味、意義、特徴、森林再生への貢献度、森林の循環と利用の方法、可能性などを検討した。昼も夜も源流元気再生プロジェクトとともに時間がすぎた。大変忙しいが、目的を持って人生が送れるとは、なんと幸せなことか。小菅村のお役に立てることができるなんてこんな幸せなことはない。必要とされる喜びを最近は実感している。

2008年10月20日(月)[23:54:26]  
源流元気再生プロジェクトの源流文化再生研究室は、20日、源流古道再生事業の一環として、「学術研究・遺伝子保存事業」を実施した。村の長老の話によると、明治のなかごろ土室谷の上流に桧尾根がありそこに生えていた天然ヒノキの実生苗を猟師達が持ち帰り、小菅村で育てたという。大きくなったヒノキは、美しいピンク色の肌をしていて、香りもほかのヒノキとは比べものにならないくらい素晴らしく、しかも材質が丈夫であったという。山を育てる主が代替わりするなか、そのヒノキがどこに植えられているのか、分からなくなり、たまに間伐していたらそのヒノキが顔をのぞかせ、山主を驚かせるという。この幻の「大菩薩ヒノキ」を復活させ、大切に育て小菅村の宝にしようという取り組みで、大きく成長するまでに、少なくとも百年はかかるという夢のようなプロジェクトである。参加者は、源流文化再生研究室のメンバーで船木教育課長、守重ヒロカズくん、守重マサビデくん、木下拓郎君、石坂慎吾君、中村所長の6名。この日は目的地にアプローチするために大菩薩峠にのぼり、介山荘で泊まった。明日に備えて栄養を補給した。  


2008年10月17日(金)[23:12:07]  
 京浜河川事務所の鈴木所長、工藤調査課長、柳沢河川環境課長をはじめ職員17名が、源流の森林再生に貢献しようと緑のボランティアにやってきた。午前11時から役場で開会式。小泉源流元気再生運営委員会委員長、鈴木所長、佐藤源流振興課長、中村所長が挨拶、林業家の木下大吉さんが安全管理や間伐の必要性、間伐の方法に関して説明し、午後から大丹波峠で間伐作業を行った。地元の講師として、舩木前男さん、守重敏夫さん、木下新造さん、河村三代吉さんが間伐作業を指導した。小泉先生や役場の加藤さん、拓郎君、佐藤課長らもボランティアに加わった。京浜河川事務所の方々は、ノコギリを使っての間伐作業は初体験とのことで、慣れない手つきでヒノキの間伐に挑戦、暫くすると日頃使わない足腰が痛む様子で、それでも汗をかきながら懸命に鋸を引き一本一本ヒノキを間伐。間伐が進むと森が少しづつ明るくなることに感激の声が上がっていた。夜の交流会では緑のボランティアの参加者が間伐体験の様子の感想を一言ずつ述べた。

参加者が間伐体験の様子の感想
・「地道にのこぎりを使った。マメができた。」「6、6`相模川の管轄をしている。これからたびたび多摩川の源流に来たい。今日はとても面白かった。明日は太い木を倒したい。」・「直轄地への文明さんの思いが伝わってきた。今日はのこぎりを使って大変だったし疲れた。でもボランティアだからこれからいつでも来られる。明日はチェンソーを使いたい。」・「小菅村は最高。ヤマメ、イワナ、キノコ等食べ物が美味しい。明日は木を伐りまくりたい。」・「社会人1年目。大学で林業を学んでいたので小菅に来て懐かしい気がした。心が洗われた。こういうところで過ごせたら人生いいなと思った。食事が美味しかった。また来たい。」・「17名を連れてきたがここに来る名目で苦労した。17名が現地でどう考えたか、それが結論だと思う。今日は楽しかった。」・「中田さんの話に感動して、すぐこのような行動が取れた。間伐は全員初体験。今日は無事で良かった。明日も怪我をしないように。」・「小菅に来たのは4回目。源流はきれいだし緑が多い。汗をかいたのは楽しかった。林業が大変だというのは実感できた。のこぎりを使って汗をかいた。明日はチェンソーを使いたい。」・


2008年10月19日(日)[23:06:43]  
小菅の湯で、「大地の恵祭」が催されたので、取材に出かけた。小菅村・小菅の湯、小菅村の商工会、観光協会、ヤマメ・イワナの養殖組合、悠々クラブなど様々な分野の人々が協力して祭を盛り上げた。祭には、沢山の温泉客が立ち寄りなかなかのにぎわいであった。悠々クラブからは、「おだんご汁をたべて」と様々な物を差し入れされ、山水館のお母さんからは美味しいおそばを差し入れされた。他にも饅頭やジャガイモ、ヤマメのから揚げなど大地の恵みを多くの方から頂いた。 

2001年10月18日(金)[07:39:27]  
京浜河川事務所の緑のボランティア二日目。間伐したヒノキは、みんなで力を合わせて
林道まで搬出した。それぞれの班で指導者から間伐のすべての行程の説明を受ける。選木の方法、どの方向に倒すのか、受け口、追い口、間伐、枝払い、搬出などなど、間伐の流れを身につけて、それぞれが歯車の動力になり仕事がはかどっていった。
 今回の取り組みが緑のボランティアの新しい出発になった。来年からいよいよ源流資源・森林資源の流域管理に関する新しい試みがスタートする。

 昨晩の交流会の参加者が間伐体験の様子の感想を紹介。
 ・「本当の自然、環境、森林保全の大切さを感じた。間伐は大変だが光の当たるところはすがすがしさを感じた。」・「前は湯西川にいてそこで源流体験をしていた。木を伐るのは大変。」・「夢中になって木を伐った。久しぶりに夢中になるというその感覚を味わえた。小菅村ではいろいろなことをやっている。一緒に何かすることは出来ると思った。村に来た人に損をさせないという取組を。」「木を切り倒したときに出来た俳句。 『森のボランティア  腕も膝も心も笑う』」・「今日、久しぶりにのこぎりを使って、大工をしている父が跡継ぎにと言わなかった理由が分かった。明日はのこぎりを折らずに頑張りたい。」
・「今回で4回目。夏にも来た。ここは実家と同じような環境。木を伐るのも。伐った木がどこに行くのか、下流でいろいろなものに使われる。うまく回していきたい。太り気味なのでいい運動になった。」・「実家は農家。事務所総出の今回の取組は農家の一家総出のイメージと重なる。私が発注した間伐材が使われる。」・「鶴見川担当。今日は楽しかった。やったことが下流まで含めて水質も良くなる活動が出来てよかった。そのあとの懇親会もよかった。」・「今の仕事は文系だが私は体育会系。汗かく仕事を日々考えている。今回は率先して小菅に来た。明日も頑張りたい。」・小菅の方「皆さんが協力してくれた気持ちにうれしさがいっぱい。その心に感じた。真面目さ、真剣な心にうたれた。これからも村の活性化に協力して欲しい。」・小菅の方 「のこぎりが切れる、頭が切れるといういい方はあるが、若者が切れるといういい方は本来ないと思う。皆さんの熱心さに心打たれた。村民に伝えたい」
 京浜の皆さん、本当に有難うございました。
 午後2時からは、東京電力のサイトを担当している方々から『源流水』に関するインタビューを受けた。インタビューのなかで源流水の普及に関する示唆をうけて、新しいアイディアが浮かんだ。いろんな方から感化されることは良いことだ。夕方、源流大学をのぞき、宮林先生といろいろ打ち合わせた。

2001年10月16日(木)[03:05:03]  
昨日と今日の二日間、財団法人水と緑と大地の公社・源流元気再生運営委員会が共同で実施した「小菅の湯・宿泊棟活用のための視察研修」に参加し、栃木県那須塩原市に出向いた。参加者は、財団の理事と職員、小菅村役場、源流元気再生運営委員会の事務局の14名であった。議長、副議長、黒川文一さん、料理長、奥秋利一さん、廣瀬和章さん、舩木明美さん、古菅芳勝さん、守重久一さん、望月理香さん、木下真智子さん、田中さんなどなど。ホルミシス効果の湯湯治温泉の現場を研修し、低放射線の岩盤浴や健康食を体験した。驚いたことは、平日にも拘わらずお客さんが多いこと、料金は施設の割には低く抑えられていたこと、参加者の交流が図られたことなど大変勉強になった。嬉しかったことは、源流元気再生事業への村民各位へ参加意欲が徐々に広がりを見せており、新しい風を吹かせていこうとしていることが実感できた。いずれにしても源流の村・小菅の将来を確かなものにしていくためには、あらゆる分野の先進事例を学び、発想力、創造力を磨き、アイディアを出していくことが不可欠である。今回の旅は、学無限、楽無限、夢無限の有意義な研修であった。


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