文明の源流日記


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2009年10月30日(金)[02:20:07]  
 明日は水干探訪の旅。最高のもてなしをして来て良かったと思ってもらえるように準備をしたい。流域から源流に来る人々は青梅の素晴らしい御岳渓谷を乗り越え、奥多摩の鳩ノ巣渓谷を通り過ごし、奥多摩湖の奥の源流までやってきてくれる。それだけの思い入れに応えてこそ、源流を満足してもらえる。今日は、文明の誕生日である。62歳になった。相変わらず、未熟で落ち着きがなくおっちょこちょいであるが、源流への想いだけは、誰にも負けない。マグマのような情熱で源流を調査・研究し、源流の価値と可能性を探求したい。いつまでも元気で孫の真緒・悠真・翔真をかわいがりたい。


2009年10月29日(木)[04:10:14]  
 紅葉が徐々に山を下っている。標高1200ぐらいまで山が染まりつつある。明日の水干探訪の旅が良い日になりますように。源流元気再生をこの二年間展開してきたが、来年以降これをどう展開するかいよいよ迫られることになる。住民と役場が一体となって事業展開していることが一番大きな成果になっている。これを働引き継いでいくか、これまでの成果をまとめている。午後1時からは、インタビュー。村では、第4次総合計画を立てることになり、各分野の聞き取りが始まっている。研究所が設立されて以降の取り組みを詳しく報告した。

2009年10月28日(水)[02:27:16]  
 秋晴れの快晴の日が続いている。柳沢周辺から望む富士山が美しい季節になった。山頂に雪を頂いた富士山こそ多くの日本人の心に焼き付けられた富士山であるが、一週間ごとに富士山が富士山らしくなる。柳沢渓谷のカエデの女王が少し色づき始めた。午後から森林GISを核とする源流ミュージアム構想の検討会を行った。菅原先生、石坂慎悟、黒沢君らと国土地図の尾高さんが参加した。多摩川の水質一斉調査、GIS活用による森林再生、源流資源調査の成果を生かした小菅物知り辞典づくりなどの検討を行った。ようするにGISを活用して、自然環境のデータを管理し、流域の市民で情報の共有を実現すること、市民活動の情報を共有すること、さらに源流の可視化を行い、上下流交流に役立てること、とうきゅうの成果物を可視化することなどがその狙いである。なかなか楽しい検討会になった。大橋先生から森林作業道の件で電話があった。

2009年10月27日(火)[02:58:31]  
 日曜日の朝の新聞に小菅村の記事が大きく載った。社会面のトップに「小菅・多摩川の森再生事業に光」 下流域「木づかい」浸透 との見出しが踊っている。記事を読んだ親戚から早速電話がかかり、小菅村はよく頑張っているねとの声が寄せられた。午前9時から小菅村役場で源流元気再生の打ち合わせを黒川課長、佐藤課長、望月徹男さんと行い、午後3時から、鶴見区にある京浜河川事務所で調査業務の打ち合わせ、午後6時30分からは、川崎多摩区のせせらぎ館で多摩川流域水辺の楽校連絡協議会の設立準備会が開催された。多摩川流域には、17の水辺の楽校が活動しており、それぞれの連携と活動の発展を目指して、いよいよ連絡協議会の設立へ進んだ。終わってからの懇親会には、元永所長、山口副所長、国頭課長、福本係長、鈴木真智子さん、安元順さんら大勢が参加、府中市の水と緑事業本部 公園緑地課の松本健係長や大沢さんらと親しくなった。

2009年10月26日(月)[06:35:27]  
 台風の影響で雨が激しく降る中、源流研究所の会報「源流の四季」の発送を行った。年四回、源流から頼りが多くの源流ファンに届けられる。情報発信は、活動の発展のいわば礎のようなもの。県緑化機構に助成金の請求を出した。源流日記を元気に書いていたら、ゆうゆう倶楽部から午前10時のおやつによばれ、小泉先生達と一緒にサツマイモや里芋、草餅などを頂いた。夜には甲州市長選挙の基本政策を仕上げた。

2009年10月25日(日)[06:28:28]  
 小菅村の発展に欠かせないのが、交流人口の拡大である。特に木村さん達のように一泊滞在してくれるお客さんは大変有り難い。二日目、木村さん一行は、水費に登山した。今日は、私の方は田村先生の喜寿を祝う会出席のため同行できず、佐藤課長にガイドしてもらった。報告によれば、帰りに小菅の湯に入ってくれて、沢山お土産を買ってくれたとのこと。田村先生のお祝いの会は港区の麻生十番のマンションの一室で行われた。田村先生は大変喜んでくれた。高橋裕先生、田中喜美子さん達と親しく懇談した。

2009年10月24日(土)[06:20:47]  
 木村さん一行30名が源流にやってきた。午前10時に奥多摩駅で出迎えてから、日原の金袋山のミズナラにむ会いに行く。最初の登りはかなりきついのでゆっくりと進む。途中紅葉の綺麗な場所で昼食をとる。福田さん達が持参したおみそ汁の具がそれはたくさんで煮えて出来上がるのに1時間かかる。昼食終了後、金袋山のミズナラに向かう。迫力あるミズナラに参加者から感嘆の声が挙がる。参加者の一人が、靴を間違えてはいてきて、帰りが大変であったが、ケガもなく廣瀬屋に着いた。交流会では、佐藤課長から木村さんに小菅村村長からの感謝状と小菅花百選が記念品として贈呈された。本当に有り難いことで、これからも木村さんご一行の活躍を期待したい。


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