文明の源流日記


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2009年12月5日(土)[02:26:55]  
 川崎市多摩区のせせらぎ館で「育てよう 多摩川でつながる市民の輪 いい川づくりの実現に向けて」をテーマに第33回多摩川流域セミナーが開催され、午前の岸由二先生の記念講演、午後の「市民と市民の連携」「市民と行政の連携」とも大変盛況で活発な交流が展開できた。多摩川流域ネットワークは、今年を流域連携・市民連携の元年と位置づけ、多摩川流域の活動拠点を繋ぎ、水辺の楽校との連携を強めるなど、取組を進めてきたが、その集大成としてのセミナーが成功して嬉しい。夜の懇親会も大変楽しかった。



2001年12月4日(金)[02:52:12]  
東京農業大学の食と農の博物館で源流大学展が開催されており、源流の写真を展示したいと頼まれたので、せせらぎ館へ幾途中で届けた。明日の多摩川流域セミナーで多摩川流域地産地消鍋を振る舞うことになり、その具材を調達するために、小菅村の里芋10`、コンニャク10個、人参そこそこを仕入れ川崎のせせらぎ館に飛んだ。せせらぎ館では、鈴木真智子さんが多摩川鍋を作るのにその準備で大奮闘であった。佐川さん、長谷山さん、安元さん、佐々木梅吉さんなど大勢が手伝っていた。私も里芋の皮むきを手伝った。

2009年12月3日(木)[02:41:39]  
 休暇を取る予定であったが、国への要請活動の件で進展があったので、休暇返上で仕事に取りかかった。民主党の件を降矢村長に報告し、民主党本部の意向を伝えて、農林水産省の政務三役との面談の日程を検討していただき、村長の日程のとれる12月17日、22日、25日の午後2時からの面談を申し入れた。その内容の全国源流の郷協議会の加盟町村に伝えるために、事務局連絡の文書を仕上げた。

2009年12月2日(水)[02:33:41]  
 昨晩、調布市のたづくり会館で「いい川づくり」ワークショップでグランプリを獲得した野川の祝賀会が開催され、招待されたので参加した。神谷さん、杉山さんら素晴らしい仲間達の36年に及ぶ市民活動が政党に評価されたのである。「野川ルール」、「なっとく流量」、「湧水の保全」、「崖線の保全」などの取組が「野川の軌跡」といわれる成果を生みだしたのであろう。鍔山先生、山道さん、石田さんなどと二次会でも楽しく飲んだ。眼の定期検診。角膜実質炎という直らない病気との付き合いは一生続くが、悲観することなく頑張ろう。 

2009年12月1日(火)[09:37:05]  
 新しい政権が誕生して、社会が大きく転換した。原爆症や肝炎の患者や弁護士が裁判に訴えて頑張っていた感謝の救済が大きく進み出し、患者を救済するための法案も国会を通過した。これまでには、考えられない変化である。国民の良識が通用する時代が到来したのかも知れない。国民の側のねばり強い運動が社会を動かす時期になったのであろうか。全国源流の郷協議会の国への陳情も様変わりして、政治主導が叫ばれ、政権党を窓口とすることになり、森林作業道を中心とする政策提言を政府に届けるために、民主党本部を訪れた。企業団体委員会の担当者が私達の話を熱心に聞いてくれ、農林水産省の大臣、副大臣、政務官のいわゆる政務三役に面談を調整していただくことになった。いよいよ新しい第一歩が踏み出された。

2009年11月30日(月)[09:11:09]  
 小菅村では、森林整備の基盤である森林作業道は、大橋先生や岡橋社長、榎本さんらの指導と援助により、今年 1800bまで延長することが出来た。
 県からの補助もあり、田元地区への導入も検討されたが、いろいろ難問が横たわり、導入できなかった。その他のコースということで、黒川課長、中川君、森林組合の磯貝君と鶴峠の延長を検討すべく調査には行った。稜線への導入は可能であることが分かったが、どこに下りていくかが課題となった。

2009年11月29日(日)[08:58:13]  
 今年最後の緑のボランティア。参加者の感想も多く寄せられた。「2日目がおわり、森を見渡したとき、明らかに1日目より森全体が明るくなっているのを感じました。光が入り、下草が生えた豊かな森を想像したとき、この2日間頑張った成果が近い将来出るだろうと嬉しく思いました」「レベルアップをめざすための講習会東京農業大学開催して欲しい」。参加者の皆さん、ご苦労さんでした。来年も今年に負けず頑張りたい。


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