文明の源流日記


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2001年2月24日(木)[02:53:08]  
柳沢峠にも、春の足音が響き始めた。今日の気温は、+2度。これから徐々にプラスになることが多くなることであろう。地元の特産物を活かすための取組を支援しようと、自然薯の料理法の検討会をユウユウクラブのご婦人達と計画。我が家の菩薩様にも出張っていただき、お好み焼きをやることとなった。朝一番にお好み焼き実演のための料理器具と食材の点検と準備をやった。午前中に焼きはじめ、試食会をやる。午後には、四万十川源流の津野町の池田町長さん達を接待する予定。明日は、大橋学校と重なり、源流大学の運営委員会には、参加できない。源流大学も来年度がいよいよ正念場である。

2001年2月23日(水)[02:46:48]  
ツイッターを始めたら、源流大学の学生から励ましを受けた。すぐに反応があるのは嬉しいものだ。
 明るい青空に励まされながら、柳沢峠を登る。くっきりと浮かび上がる富士山を仰ぎ見ながら峠を越える。気温は−5度。風もなく穏やかな朝を迎えている。しかし、世界に目を向けるとニュージィランドでは大地震に日本人の学生達も巻き込まれ、行方不明の方が多数いる。無事を心から祈る。アフリカでは、エジプトに続き、各地で変革を目指す市民の行動が爆発し、連日ニュースが世界を駆け巡っている。リビアの指導者が国民に銃口を向け犠牲者を出している。悲しい出来事が起こっている。政府は国民を守るのが仕事だろう。平和的に政権が移行することを願う。それにしても世の中が大きく動いている。一人一人の国民がより社会に対して自覚的にならなければならない時代を迎えている。よりよい社会が実現することを望む。事務所に着いたら、黒川課長と相談して、明日お見えになる四万十川源流の津野町のご一行の受け入れの準備に取りかかる。寺子屋、廃棄物処理場のこと、大橋式路網、JTの森のこと、源流大学、多摩清流苑などの資料づくりに取り組む。

2001年2月22日(火)[01:53:27]  
朝くっきりと富士山が遠方の空にそびえていた。何故か今日はいつもよりも凛々しい姿をしていた。新しい仕事を控えていて、心がかすかに震えている。富士山も見るものの心を移すのかもしれない。午前中東京農大に宮林先生に会いに行く。今後の源流大学の有り様、小菅村の村作りの基本方向を検討する。正午に行われた検討会には、望月事務局長など参加した。宮林先生は、一体化の方向は基本的にはこのましい。それぞれの役割を明確にして、実績を積みながら時間をかけて組織的にも一緒になる方向へ進むべきと思うとの見解を示され、新しい公共のあり方が全国的に模索されており、こうした方向を良く研究すること、何よりも核となる事務局をしっかりすること、頭脳を磨くことが大切であるとのアドバイスを頂いた。

2001年2月21日(月)[01:57:09]  
朝7時過ぎに自宅を出発して柳沢に向かう。大菩薩周辺は深い霧が立ちこめ、雲の切れ間から稜線の木々が霧氷で彩られている様子が見て取れた。峠の気温は−4度でジワリジワリ暖かくなってきた。午前は、関東建設共済会の助成金の申請書の作成、午後は兼松株式会社の歌田さんがお見えになるので打合せがある。源流大学の石坂君、鈴木君に勧められてツィターを始めた。モタモタ文明をよろしくね。

2011年2月20日(日)[01:49:04]  
府中郷土の森博物館を視察する。その会場で府中水辺の楽校の大沢さんにあったので、水辺の楽校の年間活動の発表展を案内してもらう。夏の源流体験の様子が大きなスペースで紹介され、生き生きした子ども達の感想文が壁に大きく貼られていて嬉しかった。大沢さんも大喜びで、その後館内や府中の森全体を案内してもらう。府中が武蔵の国の発祥の地であること、縄文以来の遺蹟もたくさん出土していること、江戸時代甲州街道の宿場町として大いに栄えたことなどをうかがい知ることが出来て、その歴史や文化の深みの一端に触れることが出来た。博物館の学芸員の中村さんを紹介され、今後色々教えてもらうことになった。源流と流域の距離を近くするために、もっともっと流域を知ることの大切さを痛感した。

2011年2月19日(土)[01:35:48]  
江戸東京博物館を見て回る。目的は二つ。一つは、江戸の成り立ちについてと、NHK大河ドラマ江の特別展をみることである。江戸の成立に上水の確保は欠かせなかったこと、江戸中に網の目のように上水網を張り巡らせる必要があり、木樋、石樋の技術が発展したことが展示されていた。もっともっと事実をつかみたいと思った。江の特別展の観客は大行列の盛況ぶり。最後に飾られていた厨子の修復は素晴らしかった。

2011年2月18日(金)[05:49:06]  
朝から、暖かい風が吹いて、柳沢峠も気温が3度まであがり、日中はポカポカと小春日和になった。事務所では、望月事務局長と石坂君と3人で、補強される地域起こし協力隊のメンバーも交えてどう強力な新しい枠組みを構築するかを検討した。ちょうどそのとき、黒川課長もあがってきて、色々議論し、体制を強化することになった。いよいよ来年度は面白くなりそうである。


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