文明の源流日記


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2011年3月31日(木)[02:19:40]  
午後1時30分から、源流研究所とNPO法人多摩源流こすげ、源流大学の3者のありかたに関する打合せがあった。打合せには、村長、佐藤総務課長、黒川振興課長、望月事務局長、源流大学の石坂真悟君、象徴が参加した。望月事務局長が、各組織の事業内容の整理とチーム源流大学(源流研究所、NPO法人多摩源流こすげ、源流大学)の平成23年度目標を詳しく説明した。村長からは、三者が一緒になることは、いいことだ。と同時に心配なこともある。それぞれに目的、役割がある。それを明確にして頑張ってほしい。源流研究所は、村の発展に協力してほしい。初心に戻って頑張ってほしい、地に着いた活動を期待したいと指摘があった。佐藤課長からは、地域起こし協力隊の力を引き出してほしいと提言された。事務局長は、彼らが何がやりたいかをつかみ色々プログラムを出していってほしいと思っていると発言。いよいよチーム源流大学が始動する。

2011年3月30日(水)[01:37:27]  
源流研究所とNPO法人多摩源流こすげの事務所が、小菅村白沢地区にある源流大学へ引っ越しした。望月事務局長、石坂真悟君、鈴木君、今年度新しく小菅村に就職する小林君と所長、それに小菅村役場の船木陽介君、青柳陽介君の6名。望月事務局長から、「所長、お年寄りは腰を痛めるから重いものは運ばないでいいよ」といわれたので、イスや箱など比較的軽いものを運んだ。若い人の力は凄い。重たいロッカーや着くや、テーブルなどをドンドン運んでしまう。小菅村役場には、かってないことに若い職員が入ってきていて活気がある。午後には何とか修了した。新しい事務所の出発である。気持新たに頑張りたい。

2001年3月29日(火)[01:01:54]  
先日国土緑化推進機構に提出した助成金の申請書の手直しの要請がきたので、朝7時過ぎに家を出て、柳沢峠に向かう。気温は−5度であるが、シンシンとした寒さではない。道路は雪も溶け、運転に不安はない。さあ、申請書を作り直すぞー。事務所では、午前中にNPO法人多摩源流こすげの事務局会議をやった。新しい年度がやってくるが、事務所も源流大学に移転し、NPO法人多摩源流こすげと源流研究所と源流大学が一体となって、チーム源流大学を造り頑張ることになる。

2011年3月28日(月)[00:58:05]  
先日開催した広葉樹苗木を育てる会の学習会のまとめと報告書作りを行った。司会進行望月事務局長、小泉代表のあいさつ、中村所長の広葉樹苗木作りプロジェクトの趣旨と実施体制、菅原泉東京農業大学准教授の講義、一人一人の思いを込めた自己紹介、意見交換会、全体で確認されたこと、古菅副代表の閉会の挨拶をコンパクトにまとめた。次回学習会の日程を取るために菅原先生と連絡を取り来月9日、10日に開催することを確認し、望月事務局長に連絡を取り確定し、報告書に記載した。この事業は、広葉樹の森を蘇らせる夢のあるプロジェクトである。なんとしても成功させたい一心で報告書を作った。みのれみのれこの思い。届け届け森の精霊へ。

2011年3月26日(土)[00:43:54]  
朝から自宅の事務所の片付けに取りかかっている。中村英数塾に使っていたところを源流研究所に通い出してから自宅の仕事場として利用しているが、なにせ片付けが苦手で、ちらかり放題である。どんな資料がどこにあるかが分かるようにしたいと思い、菩薩様の力も借りて、片付けを始めた。とてもいつ日夜2日では終わりそうにない。

2001年3月25日(金)[01:45:40]  
昨晩多摩源流まつりの臨時実行委員会が小菅村役場で開催され、第25回多摩源流まつりの中止が決定された。東日本大震災の影響を考慮して自粛することになった。大変残念ではあるがエムを得ない決定である。何よりも被災者支援・災害復興を願わずにはいられない。福島原発の被害は深刻で特に土壌汚染が心配である。昨日は、原発の作業三人が被爆し二人が入院された。一日も早い回復を願う。昨日は、源流研究所の引っ越しの準備で重たい書棚を移動して部屋の片付けに精を出した。我が菩薩様と鈴木君が一生懸命にやってくれた。今日は、国土緑化推進機構の申請書を書くことである。午後から、第3回全国森林作業道研究会と広葉樹苗木プロジェクトに関する申請書を仕上げて、国土緑化推進機構へ送付した。なかなかいい内容にまとめることが出来た。手応えを感じたので、いい結果が出ることを期待したい。

2011年3月24日(木)[02:36:05]  
雪がシンシン降りしきる中、昨晩の広葉樹苗木づくりプロジェクトの説明会には、村民25名、スタッフ6名の合計31名が参加した。菅原先生も、東京農業大学のスタッドレス装備の四駆を借りて小菅村に駆けつけてくれた。この村にある広葉樹の資源を活かす立場から村民が力を合わせていこうと参加者全員で意思確認した。小菅村からの帰りが怖かった。温泉からの源流水を5箱買っためい、車が重かったためスルスルと滑る状態になり大変怖い思いをした。下り坂は怖いと知っていたが、こんなに怖い思いをしたのははじめて。今年は雪が良く降る。今日は、午前中が会議、午後は源流研究所の片付け。忙しい一日になりそうだ。
 


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