文明の源流日記


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2012年4月27日(金)[03:21:30]  
昭島環境フェスタの講演準備。市の方から地球温暖化や森林の役割、再生可能柄ネル気保、森林保全の取り組み、振興林の管理の大変さなどをわかりやすくと注文を受けた。源流で取り組んでいること、小菅村の現状と課題などは死すことにして、まとめた。

2001年4月26日(木)[01:38:28]  
もの凄く電話の多い日であった。全国源流サミットの問い合わせ、昭島の環境フェスタの問い合わせ、源流体験の問い合わせが繰り返し合った。全国サミットでは、林野庁の次長がが講演に駆けつけてくれることになったので、林野庁の森林整備部計画課山村振興室の秋野課長補佐から全国サミットの内容を詳しく教えてくれと連絡が来た。特に昭島市からの連絡が多かった。午後からは、甲州市の区長会の委嘱式が勝沼の市民会館で行われたので参加した。

2001年4月25日(水)[01:31:19]  
久々の晴れの日。来月4日の多摩源流まつりの準備。今年は、地域おこし協力隊も加わり若い人が多くなり、活気のある準備作業になった。自分は途中から東京に向かい、年に一回の多摩川流域懇談会拡大運営委員会に出席した。今年の活動方向と活動内容をあつく議論した。運営委員会と懇親会に京浜河川事務所の所長、副所長、佐々木調査課長、海津環境課長、東京都の齊藤課長、川崎市の両課長、大田区の二人の課長、神谷先生、安本さん、文明など30名近くが参加した。なんといっても運営委員長を中村文明がつとめているのだ。忙しくてたまらないが、源流は流域の要。流域の理解と協力を広めることが私の仕事。そんなつもりでこの会に参加している。恒例の懇親会も盛会であった。

2012年4月24日(火)[01:19:04]  
小菅村に向かったが、めまいがして今日は休むことにした。昨日のテレビのインタビューもなかなかハードであったし、この間の疲れがたまったのだ。夜は、甲州市塩山大藤地区の区長会が行われたので参加した。

2012年4月23日(月)[01:15:59]  
BS−TBSから取材の申し入れがあり、「森の微笑み」という番組で午後7時54分から8時までの五分間番組が4回連続で放映されるとか。小雨が降る中、掛け軸畑、白糸の滝、雄滝、源流大学と朝9時から午後5時30分まで昼飯抜きで取材を受けた。コンパクトにコメントすること、分かりやすく、ゆっくりとをモットーに日頃の思いを述べた。放送予定日は、5月1日(火)、8日(火)、15日(火)、23日(水)。一日があっという間に過ぎてしまった。まだ新緑には早すぎて、源流の新緑の素晴らしさを映像で見せることが出来なかったのは残念であつたが、清冽な水や森、源流文化の素晴らしさは存分に伝えることが出来たと思う。

2012年4月22日(日)[00:59:39]  
津野町からの帰路は大変であった。朝から雨が降りしきり、風が吹きまくり、午後1時の飛行機は欠航した。午後6時50分まで待ってようやく帰路についた。

2012年4月21日(土)[00:54:45]  
朝9時から、津野町西庁舎で野瀬課長、岡崎補佐、黒川課長、文明所長の4名でサミットの内容の詰めを行った。記念講演は、近自然河川工法の指導者である福留先生、四万十川流域で文化的景観の研究を行っている井上典子先生、森の巣箱のリーダーの大崎登さん、地域作りの全国的リーダーである渋沢寿一さん、国土交通省から小池剛環境課長、全国源流ネットから中村文明代表、コメンテーターとして高橋裕先生、コーディネーターは東京農業大学の宮林茂幸先生に決まった。午前、午後は津野町の大引割、入らず渓谷のアケボノツツジ、ウグイの産卵と捕獲見学、夜は森の巣箱で懇親会と楽しかった。こんなに元気で明るい源流も珍しい。産物も文化も人物も多彩で豊富と言うことか。多くの参加者が集う全国サミットになるよう頑張るぞー。


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