文明の源流日記


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2012年7月7日(日)[03:36:15]  
昨日と今日の二日間、源流インストラクター養成事業を小菅村と研究所がタイアップして実施した。今回は、刈払機の講習会と宮林先生の源流インストラクターの心得講習会、菅原先生による全体のまとめとなかなか充実した講習会となり、最後に宮林先生から源流インストラクター認定証を14名に手渡して頂いた。5月6月7月の三回実死して、新しい可能性が生まれた。参加者の感想も良かった。おいおい紹介します。参加者の皆さん、ありがとう。

2001年7月6日(金)[23:49:40]  
源流インストラクター養成事業がいよいよ最終回を迎える。参加者への認定書を工夫して作成し、黒川課長へ提案した。平成15年から開始した森林再生プロジェクト・緑のボランティア活動に数多く参加した方々を対象に、養成講習会を行い、ステップアップして指導者になって頂こうという狙いである。人口減少の中、源流の住民だけでは、源流の山や水資源を守れない時代を迎えている。流域の住民との連携によって源流域の森林管理を強めようという試みである。小菅村の黒川振興課長の熱心な提案を源流研究所が企画し一緒になってじ実現しようというこの事業は大変重要な意義を持つ。発展性のある新しい局面を切り開く意欲的な取り組みである。夜は、NPO多摩源流こすげの総会であった。多くの会員が参加し、大きな成功を収めた。NPO多摩源流こすげが益々発展できるようみんなで力を合わせていきたい。

2012年7月5日(木)[00:41:48]  
源流政策検討会の提案文をつくっている。地球温暖化が進行する中、源流域の水資源、森林資源の存在・役割・価値は今後益々大切になりつつある。しかし、いまだマスコミも政治家も国民もその重要性に思いが至りない現状がある。このまま放置して、源流が国土が荒廃するままにしておいても良いのか。人口がどんどん減少するままにまかせていいのか。人工林の荒廃を放置したままで良いのか。水源涵養の機能低下を放置したままで良いのか。政府にお願いしようと思っていても頼るべき人が定まらない。地元選出の先生になかなか頼みづらい。小沢一郎さんの新党の動きの中でますます政治は混迷の度を深めている。
 政治が変わらなければ源流は変わらないと言われて、国への要望・要請活動を強めているが、なかなか先が見通せないのが現状である。しかし、あきらめるわけにはいかない。高橋先生達にお願いして、平成19年1月に政策検討会を開いて、政策ガイドラインをまとめて国に要請してきた。その経過と成果をまとめて新しい方向を打ち出していくことが基本である。この基本方向に基づいて頑張るしかない。高橋先生、宮林先生、渋沢先生、神谷先生などを中心とする政策検討会を9月にやることになった。この一日でいろんなことを考えさせられた。ツイッターで呼びかけて国会を20万の方々が包囲する時代になった。原発から再生可能エネルギーへ政策転換を図ることがどうしても大切だと思う。自然エネルギーが大切にされる時代が実現するよう頑張りたい。皆さん、源流の未来のために力を貸して下さい。

2012年7月4日(水)[12:51:55]  
源流シンポの日程が変更を余儀なくされたので、自らの間違いをお詫びしながら、新しい日程に基づいて、改めて講師依頼をした。中村良夫先生、宮林先生、神谷先生、和泉京浜河川事務所長は、ありがたいことに快く変更を了解して頂いたが、高橋先生はすでに日程が詰まっていて、だめになつた。高橋先生には、本当に申し訳ないないことをしてしまった。いつも協力的で力になって頂く先生なのに、信頼を傷つけることになった。ものごとを準備するときには、慎重にことに当たらないといけないと思った。源流の四季の配布の予定であったが、間違いを訂正することになり、その準備に時間がかかることになった。間違いを見つけてくれた、望月事務局長や小菅村の方々に心から感謝する。

2001年7月3日(火)[02:04:13]  
柳沢峠の気温は、16度である。深緑のなか、それこそ爽やかな風が吹いている。森の中を歩くと体が森の深緑に溶け込みそうである。そんななか、大変なミスを犯してしまった。源流シンポの会場を確認しないままゴーしてしまい、バッティングしていて、9月28に変更して頂くことになる。講師の方々へのお詫びと変更の依頼をおこなう。本当に驚いた。イベントを実施するときの基本の基本を踏まえなかったことになる。たまたま9月28日が会場があいていたから良かったものの、本当に驚いた。景観村づくりは新しい取り組みになり、やればやるほど壁にぶつかるだろうが、やりがいがある。これから景観は大事になる。心にしみるいい景観をつくるために力を尽くしたい。

2012年7月2日(月)[01:21:20]  
いよいよ景観のきせつがやってきた。11日に小菅村源流景観協議会のたちあげをやるので、案内状をつくり、委員さんに届けた。景観計画策定委員会の方々をベースに新しくミューゼス研究会の柳諭会長、白沢地区の奥秋利一区長に加わって頂いて、より強力な布陣で景観計画の具体化に取り組むことになる。委員さんのお宅に案内状を届けるとあっちにいってはおちゃをどうぞ、こっちにいってはおやつをどうぞと小菅の方々は優しい。、夜にNPO法人多摩源流こすげの役員会が開催された。色々議論がありけっこう夜遅くまでかかった。帰りにシカに6頭であう。車にぶつかることはなかったが、車が壊れるのは困る。

2001年6月30日(土)[02:08:29]  
源流大学の基礎コースの講師を依頼されたので、午後12時30分に源流大学に到着する。すでに受講生達は到着していたので、着がえてすぐに源流体験に出発した。昨年9月と今年の台風4号の後、初めての体験だったので川の様子がどのように変化したのか、楽しみであったが、大雨の影響であちこちが影響を受けていた・特に3番堰のすぐしたの大きな材木のカカリ木がすっかり押し流され、綺麗になっていたこと、川底が浸食されたため、地質のうえからも貴重な砂泥互層がはっきりと姿を現したこと、大雨の痕跡を随所にとどめていることなど川は生きているという姿を確認できたことであった。学生達は話をとても良く聴いてくれ、滝の修行にも挑戦するなど、彼らの若さには、脱帽だった。今日の体験で石の勉強をもっとやりたいと刺激を受けた。源流大学の学生さん、ご苦労さんでした。


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